幻や

欲する君

共に来たるは

幻や

二人の男女学生とインドで

自灯明 法灯明

を話し合った。

男学生は

「自分が何をしたいか解らない」

女学生は

「物事を究極のところから観てしまう」

どちらも現状に満足している。

もし二人がストリートチルドレンだったら 別な具体的な答えが返って来るだろう。

欲あるところに

夢 理想 が産まれる。

これら夢 理想は 実現していないので

幻である。

心を病む時

幻聴 幻覚 妄想

に苦しめられる。

心健やかな時

幻聴 幻覚 妄想

を楽しむ。

どっちにしろ

幻通りになる事はほとんどない。

あるとすれば

奇跡的な確率で実現する。

さて

今は 康平自然の旅の第一回

Learn how to love Yourself

がテーマである。

前回の思索から

他者 昔の自分には感謝し

今の自分だけを愛そう!^_^

が結論だった。

更に今回は

今の自分を心から愛するにあたって

健やかで楽しくなれる幻をどこまでも広げてみたらどうだという提案である。

自分の意識で

前向きな楽しい夢にも

後ろ向きな悲しい夢にも

自由自在に

真っ白いキャンバスに

描くことが出来る。

その夢 理想 幻 が実現しようとしまいと

ギャンブルしなくていい。

君は夢を観るだけでいい。

それだけで充分である。

実現出来るかどうかは

世のほとんどは

自分一人では何もできないのだから!

後は人任せ 自然任せである。

その結果古今東西 奇跡的な予想外になるのが常である。

予想も 決めつけも 無意味な徒労で空しきことである。

神仏は人びとが究極的に

求める姿である。

その神仏の本当の姿は

他にはなく

自分自身の心の中心に描かれる

である!

それ故に 真実の神仏は 人々に共通な姿 名も無く

今生きている個々人の心の中心にある

名がつく姿の幻であり 個々人の数だけ存在する。

自分を愛するという事は

この自分の心中心にある

自分だけの神仏を愛するということだ。

その神仏は

恋する人

尊敬する人

の名 姿 であっていい。

自分が望むような愛する幻とともに

語り合い 喜び合って

力強く

今の自分を生きればいい!

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