ドミンゴよ、さようなら

 今日、16年間走り続け、187300キロ走った平成6年のスバルのドミンゴを廃車する。ユーザー車検を4ヶ月前にとったばかりだが、政府の補助金の12万5000円につられて、娘が欲しがるダイハツのタントの新車に入れ替えるためだ。

 このドミンゴは友人から、4年前に25万キロ走ったスバルの軽トラ(やはり同じ友人から20数年前に購入した)と交換したのだが、エンジンや電気系統やオイル漏れがあったが、なんとか4年間余り乗っていた。でも、次の車検までで廃車せざるをえなくなると判断した。

 もちろん、娘が欲しがった中古のホンダのザッツを神奈川の足柄山まで娘の運転で見に行ったが、車検が1年半ついて35万円だとネットと書かれてあったが、総価格は50万円だと現地で知ってびっくりした。見かけは7万キロ走行して、外装もきれいだったが、修理歴があったので、そこがどこかと聴いたら、後ろのドアを全部交換したとのことだった。従業員は誇らしげに後ろのドアを開け、しかも、座席のシートをはずして、補助タイヤをも見せた瞬間、私も従業員も唖然としてしまった。

 なんと、たくさんの水がそこにたまっていたからだ。このままで乗れるはずはないことがあきらかだった。その原因を予想することは簡単だった。従業員はドアのパッキンを交換すれば治るというが、そのパッキンは新品だった。これは明らかに後ろから追突された車両で、その車体本体がゆがんでしまい、その車体のゆがみから雨水が浸入してきている。そのゆがみはそう簡単には治らないことは確かだろう。

 そこで、修理は無理として、値引きを交渉したら、5万円まけてもらい、45万円にしてくれた。でも、それでも高すぎるので、その購入をあきらめた。それから他の中古販売会社を見に行ったが、やはり、軽自動車は高く、新車のエコ減税と補助金で新車の方が長い意味で、得だと判断した。

 ドミンゴを廃車すれば3万円ほどかかるのに、新車を買えば、その補助金12万5000円もらえる政策に乗ってしまった。新車でも、一番低いグレードだと加速をつけるCVCがつかないので、減税(車両税)21000円対象にならないが、CVCがついている車が10数万円高いので、割安感がない。

 政府のエコ政策は少しのCO2排出を減らすため、金持ちが金を使うほど減税率も高くなるように思えてくる。何か大きな矛盾があるようで変だ。

 つい1週間前に廃車が決まったドミンゴの運転したら、左右の方向指示器が点滅しないのであせってしまった。これでは危険きわまりないので、すぐに車を止めて、エンジンをきり、またつけて、方向指示器を検査し、数回試すと回復した。

 私には、車がダダをこねているようで、自分の死を予感し、悲しみを表現するような生き物にさえ見えてきた。機械に感情がないとはいうが、どうも、それはちがっているかもしれない、機械にも感情があるのかもしれない。

 ドラマで、人間の命をバッテリーとしてとらえたものがあった。人は機械になれるように、機械も人のようになれるかもしれない。

 このテーマは、昔からある。

 神は自分の姿に似せて人を創ったが、神は創造物を完全に支配することはできなかった。むしろ、人がその神を支配するようになったという歴史を感じる。

 こうした創造者が創造物を絶対優位に立つことはないということではないだろうか。

毎週土曜の夜中にターミネーターが放送されるが、創造物であるコンピュータに創造者である人の生死が管理されてしまう社会の怖さを表現しているが、それはまさに創造者が自分の創造物に支配されるいるという現実を表している姿なのかもしれない。

つまり、

ひょっとしたら、次の原則が真実かもしれないということだ。

「創造されたものは、それを創造したものを駆逐する」

親は子を産むが、子はいずれ親を支配するともいえるからだ。

カテゴリー: 徒然草 パーマリンク