雑草ではなかった

 畑が雑草に生い茂ってしまい、いよいよ本格的に草刈りをしようとした。

 以前、ハート形の雑草を調べて、どうやらドクダミかと思ったのが、これだ。

ネットで「雑草・ハート形の葉」で調べてやっと見つけたのが、これだ!

 成長するにつれて、ツル科の植物でつたかもしれないと疑念をもっていた。トイレの窓格子にもそのツルがのびてきたからだ。

今朝、その花を発見してびっくりした。

花を見る限り、どうみても「朝顔」であるが、その葉がみなれた朝顔の葉ではない。さらに、調べてみると、

丸顔朝顔 だった。

こうなると、雑草ではなく朝顔となれば、刈ることもなくなる。

また、

裏の空き地に生ゴミを捨てて堆肥になるようにしていたが、そこから、どうも「カボチャ」のような草が出ている。どうしてカボチャと判別できたかというと、以前、友人が花の植木鉢を送ってくれてその花が咲いたとき、その写真を送ったら、カボチャだとわかったからだ。友人もやはり生ゴミを堆肥にして、花壇をつくっていたからだ。

それに、道のど真ん中に、雑草とともに「ひまわり」が咲いた。どうにも刈るにはほしい。

 雑草か、花か、野菜か・・・区別がつかないのだ。それにしても、以前の人が植えたブロッコリーはこんな姿になっている。

これはビニールハウスで育てたものである。病虫害にみなすっかりやられてしまった。

ある種の雑草もそうなるが、とても弱い野菜なのか、運が悪かったのか・・わからない。

 昨日、草刈りをするいろいろな道具を買ってきたが、どう刈り取っていいのか困ってしまった。

 雑草か、花か、野菜か・・そんなこと人間の勝手にすぎない。みんな個々で必死に生きようとしている。

 花が美しいだろうが、葉が食べられるか、食べられないか、そんなこと関係ないって感じだ。

 でも、人間と共存していった方が、「お互い様」になるだろう。

 なんか、人間社会の縮図をみている感じがする。畑の姿そのものが、人間の自然状態で、それを百姓が政治家として、畑に生きる植物を国民の1人1人として、国政を司るようにすれば、よい国家、よい畑ができるのではないだろうか?

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雑草ではなかった への2件のフィードバック

  1. miyuki のコメント:

    生き物の分類も、国境も、人間の主観ですね。
    地球の生命活動全般って、実は人智の及ばない物なんだろうな。
    ある程度、コンパクトにしか、「管理」って出来ないし、
    そうするべきだと思います。人間的に、一人一人が機能するような。

  2. ゴン のコメント:

    >miyukiさん
     いつも、ユニークな観点で物事をとらえているので、感心してしまいます。
    >地球の生命活動全般って、実は人智の及ばない物なんだろうな

     そう、そうですよねえ。人知って、地球の産物ですからねえ。地球からすれば人知というのは、猫や魚の知能よりももっとおかしなものかもしれないですね。

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