Archive for the ‘自然に生きる’ Category

ロイテリ菌の緑豆ヨーグルトを作ってみた

木曜日, 7月 5th, 2018

歯槽膿漏菌をやっつけるロイテリ菌のサプリメントを

アマゾンコムで30錠で3000円余りで購入し、

その一粒を、緑豆を煮込んだところに入れ、ミキサーでジュース状にし、一晩発酵させた。

夏の蒸し暑い日だったせいか、翌朝にはロイテリ緑豆ヨーグルトができていた。

味はほのかに甘く酸っぱく、市販のロイテリヨーグルトに緑豆を入れ込んだ味である。

ロイテリ緑豆ヨーグルト2018.7.5

昨夜、寝る前に歯磨きしたあと、このロイテリサプリを口の中に入れたが

スートするハッカ成分が入っており、ロイテリ菌の味が隠れていた。

その成分は

ロイテリサプリ成分

アマゾンコムで買った先は 送料がかからないコトブキ薬局(オハヨー食品だと送料がかかる)だったので、値段は同じでも、利ザヤを稼ぐにおいがプンプンする。

朝起きた時のロイテリ菌の感触はテレビでいったような清涼感はなく、普通と変わりがない。

ただ、口臭はなかったので、いくらか効果あったのかもしれない。

長年の歯槽膿漏の闘いは このロイテリ菌で 終止符を得たいと思っている。

歯医者では、歯槽膿漏は治らないといわれて、その治療に4年も通っていたが、歯が抜け落ちていくだけで、治ることはなかった。

自分でなんとか治そうとして、歯医者にはいかず、歯がぐらつき抜け落ちた方が、歯槽膿漏が治ることを経験している。

そのため、抜け落ちた前と後に、このロイテリ菌でなんとか自分で治療したい。

歯医者ではけしてロイテリ菌サプリなんか紹介してくれなかった。

それに、歯医者ではブラッシングの仕方をうるさく言われるが、どうも、食べかすを排除するのはブラッシングよりも、グチュグチュと水で洗い落した方がよく取れる。

それは抜け落ちた凹んだ箇所に食べかすがつまり、ブラッシングではなかなか抜けないが、グチュグチュしたら、すぐに食べかすはとれてしまうからだ。

これは食べた後の茶碗をすぐ水洗いすればすぐにきれいにとれるが、時間がたって洗うと固くまた腐敗して悪臭をだすのと同じである。

水でグチュグチュして、吐き出しても、飲み込んでもよいので、食後すぐにどこでもできることだから、歯ブラシを持ち歩くこともブラッシングもしなくてもより効果が期待できると思える。

歯磨き粉やロイテリサプリのハッカ入り清涼感は何か「きれいになったという錯覚」で、それがいいかげんなブラッシングやサプリの習慣性を起こさせる金儲けの匂いがプンプンする。

改めて、

自分の病気は自分で治す

これが一番の健康法だとおもった次第である。

自然と人工・・何が違う?

水曜日, 7月 4th, 2018

隣のブドウ園の休耕園は毎年何もしないで

春に雑草のイヌムギが一面に生え、夏に枯れる

イヌムギが枯れて2-18.7.4

夏から秋に あの引っ付き虫の雑草センダン草がはびこる。

また、お隣の休耕園はイヌムギだけでなく、他の雑草も生えるが・・

除草剤を播いて枯らす。

イヌムギなどの雑草を除草剤で枯らす

でも、夏から秋にかけて、雑草センダン草が生い茂る。

つまり、

何もしなくても、イヌムギは夏に枯れ、センダン草は冬に枯れる

除草剤をしてもしなくても、同じ結果で、そこで作物を作るわけではない。

もう、その二件の持ち主は私がここにきて8年も同じことをしている。

二件とも、数年に一回か、雑草刈込機で刈るが、何もしなくても同じことである。

^-^-^-^-^-^

一体、人は何のために除草剤をまき、刈払い機で、手間と金をかけて雑草を年がら年中するのか?

意味のないことを 単に見かけが悪いからだというだけで、そうしているだけとしか思えない。

雑草の処置だけでなく、

いくらかでも売れる作物を作るために

えらい、お金と手間をかけているのをみている。

お金をかければ売れるのか

お金をかければ楽になるとか

そういうことは逆に、

お金をかえればかえるほど、手間もお金もよりかかるのではないか?

そんな疑問をいつも持たされる。

高価な機械を買えば、その資金を回収しようとして、より手間とより金がかかることがけっこうある。

毎日稼働する農耕機械などほとんどないだろう。

年に数回くらいでも、そのとき楽になりたくて、そうした機械をかったり、農薬を使用して 金と手間をよりかけてしまう。

そんな農業が主流になっている感じがする。

そうした機械や農薬を使うには大きな農場にはあっているだろうが、ほとんどの日本の農場は小さい。

それは

大資本をもった農業経営者がより金儲けでき、大資本を持たない小農業者は貧乏暇なしで、出稼ぎでもしなければやりくりできないのは昔も今もそうであろう。

私だって

畑仕事は道楽であり、単に自然農法の研究のためでしかない。お金は国民年金と、不動産のアパートと駐車場を貸して得ている。

私の家の250坪の畑などで金儲けなどできるわけがなく、それをしたら、赤字がどんどん増えるだけである。

ー^-^-^-^-^

自分の67年間の人生を振り返って

つくづく感じたのは、お金はお金で稼げ! けして働いて稼ぐな!

ということである。

マルクスが人を資本家と労働者と分けて考えたが・・

私はどんな人間も、資本家であり、労働者であると考え、人々を二種に分類できないと思っている。

知足庵で、

「もし何もなかったら、どうやって生きていく?(働くしか道がないだろう!)」

という質問に私はこう答えた。

「まず銀行に行く。そこで1000万借りる。担保はその金で買う土地と家である」

と。いわば、それは資本家の発想であり、個人事業の不動産業である。

「そういう規模でなく、生活するための20万のお金をどうするか? という問題である」

それについて答える機会がなかったので、

今それに答えたいと思っている。

「近くの市役所に行って、生活保護の申請をすれば、住居費や生活費は合わせても20万円はくれるだろう。」

つまり、「働かなければお金が得られない」と思い込んでいる。

「働かなくても、お金は得られるし、むしろ、お金を資本投下した法が働かなくても十分お金は得られる」

そもそも、

お金は中央銀行でただで印刷される。今はやりの仮想通貨だって、ただで発行されるのである。

ただで発行されたものを貸し借りしたり、売り買いしながら、その利ザヤを金儲けするのが金融業である。

働いてお金が動く実質経済を1とすれば、働かずにお金が動く金融経済は現実では9であろう。

ー^-^-^-^-^

簡単な例でいえば、

毎月家賃5万円を働いて払い続けるのと、

その家を35年ローンで、で1000万円借り、毎月元利合計5万円を働いて返済すると比較したら、

35年後は借金しなければ一生涯毎月5万円支払わなくてはならないが、借金すれば35年後はその家と土地は自分のものになる。

人が労働者としてだけ生きるか?

人が資本家事業者として生きるか?

それだけの選択で大きく変わってくる。

人はどちらにもなれるのである、

お金の仕組みと労働の構造はまったく違う。それらは10%交差してても、90%は無関係である。

ー^-^-^--^

「持続可能な農業」を考察するには、

まずもって、「働くこと」と「金儲け」とは別々に考えていくことが必要だと思える。

これは

将来、各国がベイシックインカムを国の基本政策となるだろうと予測でき、

それは労働と金儲けをはっきりと区別することから、今起きている世界の貧困と富裕の矛盾解決への糸口になるだろう。

焼け石に水、されど夢追う

水曜日, 7月 4th, 2018

関東の梅雨明けが例年より22日も早かった

今朝いくらか降ったが 焼け石に水 だ。

麦間に4月初めに播いた陸稲がまだ芽を出さない。

梅雨明けから毎夕二時間畑の水やりをしているが・・?

麦間に水が少なくても芽が出てくる雑草が15センチくらいのさばっており、それも陸稲の芽を出させない理由にもなっており、毎朝、そういた雑草を根っこから引き抜いている。

マルチシート用の蕎麦は雑草よりも大きく育っていて、雑草を抜く際じゃまになると、一緒に抜き取っている。

蕎麦はタデ科ソバ属の一年草。一般に穀物は、イネ科(単子葉類)であるのに対して、ソバはタデ科、つまり双子葉類である

イネ科とイネ科の相性が悪く、磁石と同じで、プラスとプラスは反発しあい、敵対関係になり、イネ科とイネ科でない蕎麦のタデ科とは相性がよいようだ。国や男女でもそんな感じがある。

蕎麦はイネ科との相性がいい(共存)ので、イネ科の雑草の芽も大きく出させる。

麦間の蕎麦と雑草2018.7.3陸稲の芽は出ない

今年の関東の梅雨が短かったので、蕎麦はイネ科の雑草を助け、イネ科の陸稲を抑え込んでしまった。

蕎麦と陸稲だけの畑では、雑草と陸稲は半々で芽生えている。

蕎麦下の雑草と陸稲は半々で芽生えている

黄色で上にまっすぐ伸びているのが陸稲で、濃い緑で上にも横にも陣取りするのがイネ科の雑草である。

もし、こうした半分以上のイネ科の雑草を除去しないと、陸稲は成長ができず、小さくなり消え去って死滅してしまう。

しかも、

陸稲はもともと水辺の草であり、水分がないと芽がでない。

そのため、とにかく毎日、水あげをし、イネ科の雑草を抜き取ることをしないと、蕎麦と陸稲と麦の理想的な自然農法は失敗する。

マルチシートとの手間は同じだが、経費がかからない分、この蕎麦と陸稲の方が自然にあった農法だといえそうだ。

焼け石に水 されど 水かけ続ければ 焼け石もただの石になる

 

うちの桃を収穫した

火曜日, 7月 3rd, 2018

5年目の桃ノ木背丈は70センチくらいだがこんなに収穫できた

実の間引きをしなかったので、小ぶりだ。

今日実が落ち始めていたので収穫した。

隣の大きな桃より、1.5倍くらい甘い。

昨年は7個くらいしか取れなかったが、今年は豊作だ。

でも、いつものスモモはまったく実を結ばなかったが、別のスモモが10個ほど実をつけた。

何ともまあ、果物の木は気まぐれだ。

 

食べる農業か?金儲けの農業か?

火曜日, 7月 3rd, 2018

隣の桃栽培農家が、銀色の桃落下シートを敷き詰め、先日、収穫が終わり、落下シートも撤収し終わっていた。

収穫後の畑の下には大量の腐った、傷んだ、小さすぎる桃が捨て去られていた。

また、売れそうもないイビツまた、傷んだ、小さすぎる桃はそのまま収穫されないでそのままになっていた。

こういう売れないものは廃棄する行為はどの農家でも同じことをしている。

捨てられていた4本の桃ノ木の下にあるものをみな集めてみた。

4本の桃ノ木から売れないので、捨てられた桃

腐った部分は手で乗り除き、桃のジュースにした。

でも、95%はそのまま冷蔵庫に入れ、傷んだ箇所をとりのぞきながら、美味しく毎日食べることができた。

この量は畑に捨てられた桃だけで、収穫されなかった桃はそのままに残しておいた。

収穫後の桃ノ木4本、捨てられた桃だけ拾ってきた

桃の実が育つ頃、一つ一つの桃を大きく育てて売れるようにするため、間引く作業をする。

間引かれる桃の数は3分の2はあるだろう。

そうした間引かれた桃も拾ってきて、梅とそっくりなので、梅干しと同じ要領で、桃干しを作ってみた。そうでなくても、焼酎につければ桃酒ができるし、砂糖にまぶしても、お菓子ができるだろう。

食べる農業ならば、無駄に捨てるものはないが。

売る(金儲け)ための農業ならば、無駄な捨てるものがたくさんできる。

ー^-^-^-^

時々ニュースになることで、

キャベツができすぎて、値段の暴落することを恐れ、みな廃棄してしまう生産調整もそうである。

緊急需給調整により全国で9,700tのキャベツが産地廃棄されtた。これによる交付金は27円/㌔、2億6千万円

緊急需給調整により全国で9,700t、うち愛知県では8,500tのキャベツが産地廃棄されることとなりました。需給ギャップによる大幅な値下がりを緊急的に調整するためです。これによる交付金は27円/㌔、2億6千万円となります。

1980年この制度が始まって以来、1994年を除いて毎年全国のどこかで野菜の産地廃棄がおこなわれているそうです。消費者の立場にたてば「捨てるのはもったいない。」とか「高いときはなかなか安くなる措置をしないのに。」などいいたいことはいっぱいありますが、市場経済に委ねこのまま価格下落をそのままにしておけば箱代もでなくなってしまいます。「高いときは大儲けするからいいんじゃないの。」という意見もあって複雑ですが、それよりも生産者の無念をおもえば毎食キャベツをたべて少しでも需給ギャップの解消に協力しようと思ってます。

こうした売るための農業と食べるための農業の矛盾は・・問屋小売り、スーパー・コンビニでも起きています。

毎日起きているのがコンビニの売れ残り弁当廃棄である。

世界で13億トン、日本で1700万トンも出ている食品廃棄物

食品廃棄物は生産される量の3分の1

 

生産される食料の3分の1に相当する量が捨てられる。

こうした、食べ物が「売るための農業」が主流になってくると、

飢餓と大食いグルメの矛盾の二極が現実化する

 

 

ボルネオの住民の姿

ボルネオのダヤク族の生活は困窮し、オラウータンは絶滅に追いやられる一方、

熱帯雨林をみなアブラヤシ農園にし、それを海外に輸出して金儲けする構図が生まれる。

ー^-^-^-^-^

食べる農業は食べ物の分かちあいに進むが、

売る農業は食べ物の奪い合いに発展する。

ここで、思い出すのが、

 

奪い合えば足らぬ・分け合えば余る

「食べる農業」5対「売る農業」5にした、

バランスがいい農業が期待される。

その場合、農業と金儲けを分けて、農業は食べる農業へ、金儲けは金融経済へという方向性でいったらどうかなと思う。

 

ボルネオのカラユキさん

日曜日, 7月 1st, 2018

ボルネオがイギリス領のころ、天草の貧しき娘がボルネオに売られていた。

その生涯を描いている。その娼館はないが、そこで一生を終えたカラユキさんが、日本に背を向けてジャングルの中で、眠っている。

その近くで、今度 ボルネオの「持続可能な農業」学会が開かれる。

著作権で無料動画は中国語しかないが、・・

日本語音声と同時に聞くには、広告がたくさんあって見えにくい動画なので、音声だけを再生して、上記の動画の中国語をミュートにして

二つの動画を同時に再生すればなんとか全体を把握できる。

 

『サンダカン八番娼館 望郷』(サンダカンはちばんしょうかん ぼうきょう)

1974年の日本映画。熊井啓監督。

原作はノンフィクション作家・山崎朋子の『サンダカン八番娼館-底辺女性史序章』(初版1972年)。

映画でも、太平洋戦争後、天草で貧しい暮らしをおくる元からゆきさんの姿と、その回想のなかで語られる過去のボルネオの娼館での暮らし、
そして現在のボルネオに残るからゆきさんの墓を訪ねるくだりなどが原作に忠実に描かれている。
戦後、「戦前期日本の恥部」として一般に知られることが少なかったからゆきさんの実像を描き出したとして、
原作・映画とも、さまざまな問題を投げかけた話題作であった。

^-^-^--^-

日本とボルネオが戦前戦後において、無縁ではなく、深い関係にあり、

それが 生き抜く上での、お金のシステムがいかに大切な心を謀殺してきたか、それがわかる。

持続可能な農業を追及するうえで、お金の問題を抜きにして、食べることができる農業を提案していきたい。

 

 

知足庵号のいよいよ船出/ボルネオの熱帯雨林から

土曜日, 6月 30th, 2018

いつもは知足庵参加の復習で忙しいのだが・・・

「6月の自然と健康の会」は4月で 各自目的がバラバラで、その姿のように会もバラバラに解散するような様相を呈した。

私も最後の大学講義として今までの人生すべてをかけて臨んだ。

その後だ! 船長の大橋教授が「66年間の生涯での悟り」を得て、大いに語りだしたのである。

その悟りで、沈みかけた知足庵号が浮かびだし、大きく世界の海原に走り出した。

自然に生きるとは?

健康とは?

その大いなるコミュニケーションが英語でまるで浪間のように洋々淡々と打ち寄せては離れるかのように表出してきた。

今回のコミュニケーションは「癌とは何か?」というのに尽きるが、

9月中旬のマレーシアのボルネオ島における「持続可能な農業」学会におけるプレゼンが、なんと日本語と、ドイツ人デンマーク人中国人6人の18歳の若者も迎えて英語でも行わわれた。

持続可能な農業と癌は「自然と健康」という具体的対象としてみれば、根本でつながっており、両者は左右の足が振り子のように振れながら歩くような対話でその真実への道へと向かっていく。

私もその流れにどっぷりとつかりたくなった。

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まずは

学会(サバ州)が開かれるボルネオの熱帯林の問題点である。

マレーシア領ボルネオで熱帯雨林の80%が伐採

 

2009年時点のマレーシア領ボルネオ(サバ州・サラワク州)の森林の状況

マレーシアのサバ州・サラワク州に伐採や皆伐の手が及んでいない熱帯雨林はほとんどなく、そのかなりの部分が1990年以降に行われたものだ

古い巨木が多数あったかつての熱帯雨林は、炭素を貯蔵し多様な生態系を支えていた。それが今や油ヤシ農園や材木林に転換され、伐採により空洞化している。

アブラヤシ

アブラヤシは果実から得られる油脂を目的として栽培が行われている。

単位面積当たり得られる油脂の量は植物中屈指[1]である。今日産業的に大規模栽培されたアブラヤシから収穫された果実は、石鹸や食用植物油の生産に使われている。

果実のうちの果肉からはパーム油が、また、中心部の種子からはパーム核油が得られる。パーム油とパーム核油の品質は異なっており、パーム油は調理用、パーム核油は加工食品用としての用途が多い。

また、アブラヤシの油はバイオディーゼル燃料としての利用も考えられている。

換金性の高いアブラヤシはコプラ原料となったココヤシを駆逐して急速にその栽培面積を増加させつつあり、パーム油の世界生産量は植物油中1位である。

マレーシアのギニアアブラヤシ

アブラヤシの幹と果実

マレーシアサバ州タワウでのプランテーション

日本で健康的な洗剤として輸入され、それが日本の環境保全と熱帯雨林の環境破壊とが矛盾するとおおいに話題となったものである。

 

持続可能な農業には地球規模の環境保全という視点で考える必要がある。

ー^-^-^-^-^

チョコレートと児童労働

 

環境と経済はシーソーのように、

環境を優先すれば、経済が衰え、

経済を優先すれば、環境が劣化する。

仕事と生活のように、どちらかを優先すれば、まるでギャンブルの勝負事のように、どちらかが劣化する。

持続可能な農業において、環境と経済の矛盾バランスは公私の最もよい5対5のバランスが適応できそうである。

自5対他5のバランスが一番安定する

持続可能な農業とは、自国でも自給自足のような食べるための農業と、他国との持ちつ持たれつの輸出入して分かちあう農業のバランスが5対5であることだろう。

ボルネオ農園では輸出するアブラヤシばかり生産するのではなく、

自国で生活するための食事に必要な食べ物を地産地消として半分半分生産し、

かつ、人間と他の生物(植物・動物)との共存共栄も視野に、

ボルネオ農園は原生林5対農園5の割合で、環境と人間が調和して生きられるようにすることが必要だろう。

 

蕎麦と遊んでみました

土曜日, 6月 30th, 2018

陸稲の雑草除けのために蕎麦の種を播いたが・・・

1メートルほど背丈が伸び、花が咲き、その花が黒く三角の実を結ぶ。

そのままにして実が落ち、枯れて、来年もまた芽生えさせるようにしたが・・・・

何か、

そんな実をつける蕎麦さんと遊んでみたくなった。

まずは、食べられるか?

ひと草を花と実と葉とともにもぎ取った。

2018,6.30蕎麦のひと草

鍋に湯を沸かし、おひたしに?・・・

茎と種は堅いが、葉と花は柔らかい。

葉と花は醤油をかけておひたしでいただき、

汁はそば茶+青汁で、いただく。

蕎麦のおひたしとそば茶
2018,6.30

蕎麦の種が蕎麦を食べているような味で、意外とうまいが、ただ殻がかたいので、それは出す。

おひたしはサッパリした味で、どんな調味料にもあう。生だったらサラダ菜でもいける。

そば茶はまさに健康茶って感じで、病後のやさしい滋養感がある。

蕎麦湯に青汁を足したような味だ。

それにいろいろな味付けも可能だが、そのままを楽しむのは緑茶と同じだ。

もっとも、

まだ花・実がならないまでの、若菜だったら、そのまま青汁、サラダ菜、おひたし、天ぷらなどして、茎が柔らかいうちに飲食をたのしめそうだ。

調理参考事例

1.蕎麦の青汁

2.蕎麦葉のからしあえ

3.蕎麦の中華風炒め

蕎麦の実を集めて、蕎麦づくりは来年に自然に芽吹いたら 挑戦してみようかな。

今年は陸稲さんの雑草除けに精出していただきます。

 

病気は自分でしか治せない

土曜日, 6月 30th, 2018

朝飯前に、雑草取りをしたら、

防備したはずの足首に虫に刺され、強烈な痒みに襲われた。

一か月前に、食物アレルギーで、全身に湿疹と痒みに二回襲われた。

その経験から、

いかに痒みから脱却するかを知っていたので、

虫刺されの痒みも同じ処置をした。

汗と泥を水シャワーで洗い落とすとき、念入りに足首の痒みのところを洗い落とす、

怪我したときに、そこからばい菌が入り込んで化膿させないことと同じ要領である。

タオルでふき取り、

大きく膨れ上がった虫刺されは1センチほどだった。

それを爪で十字に何度も押しつぶす。

すると、刺された穴から、虫の唾液とともに血が噴き出てきた。

毒蛇のかまれたときの処方と同じだろう。

血が止まるまで三分ほどかかり、それをタオルでふきとる。

虫刺されの処置10分後痒みも、湿疹も消えた

以前は、かゆみ止めのマキロンなんか、薬をなんども塗っただろう。それが治癒するまで数日かかり、痒みもずっと続いただろう。

だが、

自分で、薬に頼らず、自分で考え、実験し、その体験からあみだした処置ほど、虫刺されから10分で、ほとんど痒みも、痛さも、湿疹も、消すことができた。

虫刺されにたいして、昔から 笑い話であった「爪でバッテンをつける」というのは、痒み止めだけでなく、化膿させず、はやく血を出させる有効な手段だと思える。

薬が治すというのはいわゆる洗脳とか思い込みとかであり、それらはみな一時的な痒み症状を抑えるだけのためだ。無駄なお金と生産と技術と知識のような気がする。

ー^-^-^-^-^

どんな病気も自分で考え実験して治すような方向転換は

先日の知足庵の「癌という病名はない」という大橋教授の指摘があってからである。

虫刺されにしても、

アレルギーにしても、

しいては

癌にいったっても、

みな自分で考え、自分で実験し、自分で治した方が、より確実に早く完治できるようにさえ思えてきた。

病気は医者や薬や知識が治すという思い込みは捨て去り、

どんな病気も、基本は自分自身で治すというのが・・

それが自然治癒であれ、自分で病気を治そうとする意志であれ、そうであろう。

ー^-^-^-^-^-

私の経験的専門は精神病である。自分が長く患った経験から、医者には精神病は治せない、ただ症状を一時おさえるだけであることを体験している。

どうやら、肉体の病気もまた、精神病の治癒の原理が「自分からその病気を治す」という意志がもっとも効果的であることを、改めて、アレルギーと虫刺されで、確認できた。

 

今年は暇のはずが・・雑草め!

木曜日, 6月 28th, 2018

古代麦が実り、例年では

梅雨明けまでに、古代麦を刈り、耕耘し、マルチシートを敷き詰め、

横に切りながら、陸稲の種を播いていく。

梅雨の雨だけでは足りず、水揚げを一日朝晩行う。

そんな6月の終わりになった。

古代麦・蕎麦・野沢菜実る2018.6.28

だが、今年は 雑草化作戦の挑戦である。

なにもしない!

ただ、4月初めに播いた陸稲が芽を出すのを待つ。

蕎麦の下からは7センチほどの陸稲が芽が伸びている。

だが、麦間からはほとんど陸稲の芽は出ていない。

毎日、麦間に陸稲の芽がでるかどうか、ハラハラしている。

なんと

蕎麦の下からも、麦間からも・・・

夏の雑草がいろいろ生えてきた。

麦間に陸稲ではなく雑草が早く伸びてきた2018.6.28

陸稲の芽を出させないように、先に大きく伸びてきた。

こうなると、

陸稲の芽を出させるために、雑草を抜き取らなければならない。

今年も

また、雑草との闘いの日々で明け暮れるのかあ!

現実は理想の甘さをあざ笑うかのようだ。

ヤレヤレ、

今年10月で68歳になる。夏の日中の作業は体力がもたないので、

早朝の涼しい時間帯に 朝飯前の散歩を雑草取りに代えることにした。