徒然草」カテゴリーアーカイブ

集中と和の学問

 家を造る 意味=目的 をどんどん追求していったら、結局、今作るべきでないという結論がでた。  実は、家を造る計画は突如生まれたもので、それまでやっていたことが、おろそかになり、うちの畑は雑草が高く生い茂り、誰がみても、 … 続きを読む

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ゴールが決まらなければスタートはきれない

 今朝のフジテレビの知りたがりで、最終放射能廃棄物の処分場がないだけでなく、中間貯蔵施設もないため、東北関東の放射性ゴミの行き場がない状態で、復興が少しも進まない状態だと報じていた。  つまり、  ゴールが決まらなければ … 続きを読む

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諦めが肝心の意味

 家を造る勉強を始めてから、いろいろと設計が変わってきた。そして、昨夜も北海道で5強の地震があり、ほぼ毎日のように東北では震度3以上の地震が起きている。100年に1度の大地震が起きるような周期があるようだから、今年は19 … 続きを読む

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もめ事は大抵どうでもいいことだ

 コンテナ倉庫の上に家を建てることで、それを支える基礎を鉄骨にこだわっていたが、設計を進める上で、その重量が問題になり、結局、全体の重量を考えたら、木材でも充分だと思えてきた。鉄より木の方が加工しやすく、金額的にも安くで … 続きを読む

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自分の死も他人の一歩

千里の道も一歩から  という諺の意味を大きく広げることが可能だ。  最近ずっと、コンテナの上に家を建てる鉄骨基礎をどう造るかを模索していた。あちらこちらのホームセンターやネットで、その材料やそれを接続する部品や加工する工 … 続きを読む

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