Archive for the ‘お金って何だ’ Category

金儲け欲望に操られるな!それはAIに任せろ!

木曜日, 7月 12th, 2018

[7月11日(水)〜17日(火)]松形恭知 作陶展

初日の正午に担任の恩師もいらしてクラス会が始まった。

私は西武デパートが西口にあるかと思ってそちらにいったが、東部デパートだった。反対側の西武池袋線側にあり、10分ほど遅れた。

展示作品はみな一点もので、即販売されていたので、まさに取り合いだった。

なんとレジに並ぶくらいであり、私もあわてて欲しかった湯飲み、飯茶碗、どんぶりをゲットし、お金だけ払って、8階のレストランでクラス会の食事をした。

作陶展に戻ったときには、写真のメインの壺は売り切れていた。

思うに半日で、半分の作品が売り切れてしまった感じがする。

松形氏には特注は快くOKしてもらえた。

帰宅後、彼の作品で飲み食いしたら、特注でなくとも、十分元気をもらえたので、これもありかなと考え直した。

当日、送ってくれた写真を見て驚いた。松形陶工も冗談でいっていたが、私の作務衣姿が様になっていたので、私の方が陶芸家に見えるといったように、なんと私がメインの写真で、これはまさに勘違いされてしまう。

松形陶工は向かって右、三枝幹事は向かって左、北地先生は松形陶工の後ろで、杖を持っている。

恩師の北地先生は、90歳半ばで、なんと老々介護をしている本人だった。

奥様を90歳にして、介護しているので、食事をする時間もなく、足早に帰っていった。

これは元気をもらおうと、別れ際にハグさせてもらった。

ハグする時、「今生の別れになるかもしれないので」といったら、恩師「おいおい、まだ死なんぞ!」とますます元気だ。杖なんか必要ないくらい、50年前の背筋がまっすぐ姿も、ほとんど変わっていなく、快活で元気そのものだ。

それに、集まったタメは現役バリバリの働き手が多く、定年すぎているのに、引退もせず、バリバリ働いており、それも急遽決まったクラス会に来られなかったタメを含めると、80%くらいが忙しい現役で、欠席した大学教授のタメも老々介護をしていたのも思い出した。

渋谷の笹塚に戻り、店を任せているNさんとその作品をカフェで広げながら話していて、その話がビットコインや株になったときに、ふと気が付いた。

株 FX 仮想通貨 そして、労働そのものが、金儲け欲望に操られ、数字を追いかけて、忙しく右往左往させられている姿・・まさに操り人形・・・が見えてきた。

そうした金儲け操り人形でない生き方をしようとしているのが、松形陶工もそうだし、わがタメの心情も見えてきた。

金で動かず、心で動いている

老々介護だって、50年前の同輩に集まるのもそうだ。

翌朝、テレビのスイッチを入れたら、働き方改革の話があった。聞きなれないRPAを連発している。

調べたら、Robotic Process Automationの意味で、

単純作業の三種の機械化で、

ブルカラーの単純作業を ロボットで。

ホワイトカラーの単純作業を パソコンで自動処理化するRPAで、

マネーゲーム・ギャンブルなどの単純作業を 高処理できるAIで

ということである。

AIは碁・将棋でも、そのトップ騎士に勝つ。人間の知能ではコンピューターのソフトには叶わないことが実証されている。

それは、株・FX・仮想通貨のマネーゲームの金儲け能力も碁と将棋と同じようなソフトを作ってAIにやらせれば、人間が金儲けするより、AIの方がはるかにすぐれた投資と判断をして、金儲けをするだろう。むしろ、ほとんど失敗がなく、損失はなくなるだろう。

金儲けは単純な投資作業であるからだ。

ギャンブル依存症は勝ったらまた儲けたくなり、負けたら悔しくてまた挑戦したくなる。そういう単純なやめられない心理作業の繰り返しでもある。それはまたAIに任せられる作業でもある。

 

ロボットもRPAも、AIも、24時間365日働いても、けして疲れないが、

人間はそれを同じ単純作業に追われれば、疲れ、しいては人間性喪失としてうつ病や自殺まで追い込まれる。

もし、忙しく働いて疲れるようだったら、それは人間的な働きをしていないと判断した方がいいだろう。

もし、どんなに働いても、ちっとも疲れないのなら、それは人間的な働き方をしていると考えた方がいと思える。

人は強制的に金で働かされるが

人はけして金では働かず、心で働こうとする。

 

その心というのが、

ロボットやRPAやAIにはできない

提案、判断、接客、研究開発であろう。

AIはどんな碁や将棋にも勝てるが、新しいゲームの碁や将棋を作ることはできない。

ルールに従うことはできても、ルールを作ることはできない。

これは従属的に生きるか、自由に生きるか?

その違いであり、人間らしく、自分らしく 楽しく生きられる道を見つけ出す判断でもある。

 

地方創生と国際観光

月曜日, 7月 9th, 2018

先日、農業遺産から先住民遺産からの地方再生を提案した。

それは大資本が必要のないボランティア国際交流が基盤だが・・

今の資本主義における、大資本における「持続可能な農業」の例として、

「持続可能な地元産業」ともいえるような「温泉街が国際都市化」した、成功都市事例がある。

《 番外編 》【温泉街が国際都市化】温泉街が一変…世界中から観光客が!

《 番外編 》【温泉街が国際都市化】温泉街が一変…世界中から観光客が!
  • 日本有数の温泉地として知られる大分県別府市が大変身。 外国人観光客数が激増し、温泉街が国際都市化している別府。 それだけではなく、街のホテルや飲食店にも外国人従業員の姿が!
  • これによって別府の街は活性化し、かつての輝きを取り戻している。
  • なぜ別府は復活したのか!?そこにはあるモノが別府にできた事が要因だった!
  • そのナゾを解くべく池上彰自ら別府飛び、直撃取材を敢行!

それは 別府湾を見渡せる 立命館アジア太平洋大学(APU)が設立され、そこの学生の半数が留学生である。授業は同じ内容を英語と日本語で学べるというので、留学生は日本語ができなくても、英語で学べるものだ。

しかも、その寮は、必ず日本人と留学生の二人の組み合わせで生活する。

留学生が日本語を学び、日本人が英語を学ぶのには好都合な環境をつくっている。

留学生にとって、その学費や生活費は、地元の温泉のホテルなどで、アルバイトできる。

一番大きな別府のホテルでは、3000人の留学生が、アルバイトしており、その対応が、どんな外国人にも対応でき、30か国語で対応でき、それが噂に噂をよんで、別府は半端ない外国人のもてなしをされるということ、また、日本独自の温泉文化を堪能できることで、別府は国際観光都市へと大きく変身した。

その地方創生の原動力は

立命館アジア太平洋大学(APU)が世界の留学生と日本の学生を結び付けた交流の学びを実現させたことである。

こうした大学を作ること、またそうした留学生がアルバイトできるホテルはみな大手資本がなければ無理な地方創生である。

でも、

大手資本なくても、いやむしろ大手資本がないほうが、

留学生と日本の学生を結び、地元の伝統的な産業(農業・牧畜・林業など)へのボランティアとして結べば(農業遺産や先住民遺産でも生活体験)、地方創生同時に、資本主義の格差矛盾に対抗できる持続できる産業と自然環境が実現できるだろう。

ー^--^-^-^

APUの学生生活がポイントだろう。

これは知足庵でも同じだ。

そこで、大事なのは、学生も留学生も、社会人も、同じ方向を見ていることである。

そこに会話と生活の理解と、楽しさが生まれるからである。

教え学び合いから、大きくいえば、世界の問題点を解決する一歩がそこにある。

 

避けて通れない疑問・・それは癌とは何か?

土曜日, 7月 7th, 2018

今まで、自分が経験してないもの、また経験したくないものについては

探求したくなかった。

それはどんな仮定(思想)をしても、自分で検証できない限り、それが正しいかどうかは判断も、納得も、自信もつかないからである。

だが、日本の死因トップの増えていく癌だけは、特にその癌検診だけは自治体からも、娘からも追い立てられている。

「もし癌宣告されたら?」

その時、どうする?という対処は、地震が来たらどうする? もし誰かに殺されそうになったらどうする?という問いかけに対して、「自分は迷わずこうする」という備えをしておくことが安心して生きることになる。

ずっと永いこと、

「もし明日死ぬとしたら、今日どうする?」

という気持ちで、「いつ死んでもいいように」今日を生きてきた。

だが、「癌宣告を受けたら、どうする?」という

癌で死ぬのか、死なないのか? 不明で、はっきりしない癌については自分の専門外、プロの医者に任せておけ!「その分野のプロに任した方が安心!」というルールが自分の中にあった。

だが、67年間生きてきた、今までの医者も、建築業者も、教師も、国の行政も、経済学者も、宗教者も、みなプロ中のプロであったけれど、ほとんど信用できないことの方が多かった。

その経験から、

「自分の命も、幸せも、自分で守るしかない。他の誰にも頼ることができない」

という確信が生まれている。

そして、どんな占いも、どんな予言も、明日どうなるかを言う人間は信用しないことにしている。

「明日どうなるかなんてことは神様だって解らないことだ」

と、常日頃から思っていることである。

ー^-^-^-^-^

知足庵で、健康と自然を探求していくうちに、

 

健康診断は科学的占いを聞きにいくようなものだ!

 

ということに気づかされた。

特に、

新潟大名誉教授の免疫学の安保徹が、1996年12月6日 69歳で急死した。その死因が(西洋医学会の)暗殺ではないか?という噂である。

安保徹は

「癌検診などの健康診断なんかしない方がより長生きできる」

同じ69歳の近藤誠(がん研究所セカンドオピニオン外来

癌治療について

薬の害について

安保徹先生の家に体重計がない

それは

私もダイエットに挑んでから4年になるが、自分の健康と体重とがどうにも一致しないことに気が付いた。

さらに、タニタの体脂肪・内脂肪・体内年齢も ほとんどあてにならないことがわかってきた。

自分が健康かどうかは数字で判断できるものではない。

むしろ、自分自身で、どういう食事と運動をすれば体調がいいかを探っていった方がより健康で、リバウンドとリダイエットで、大きなストレスを抱え込み、それでころころ変わるダイエット常識・蕁麻疹・アレルギーなどに悩むことはなくなる。

ー^--^-^

つまり

簡単な結論に達した!

「もし健康診断・癌検診など行かなかったら、けして癌宣告に悩まされなくていい」

 

ということになる。

問題解決の基本は

「その問題の問題は何か?」

そこが基本である。

「癌宣告を受けたらどうする?」

という問題の問題は?

「癌検診に行くか行かないか?」

という問題に尽きるのである。

ー^-^-^-^

癌がどういうものか、癌になっても、ならなくても、自分で納得いくまで調べてみることが

 

「自分で自分の命を守る」

「自分の健康は自分で守る」

 

それが自遊に楽しく生きる道だと思える。

 

世界農業遺産から世界先住民遺産へ

金曜日, 7月 6th, 2018

知足庵は徳島の美馬市穴吹町にあるが、隣町が剣町で剣山の傾斜で農業する伝統の農法が世界遺産に

2018年3月に世界農業遺産に登録された。

世界農業遺産は中国15の次の日本に11もある。

日本の世界農業遺産

この傾斜地農法をよく説明している動画がある。

「にし阿波の傾斜地農耕システム」とは

ここの

知識システムと適応技術

大橋教授が、モンゴルの留学生に

モンゴルへのグリーンツーリズムを行う例として、

ここの世界農業遺産で、世界中の農業体験ツアーを学んでみたらどうかという提案をした。

実際、

ここの剣山の世界農業遺産においてグリーンツーリズムは現地でも遂行されている。

こういうグリーンツーリズムは

モンゴルの遊牧民の生活体験でも、

ボルネオの先住民との生活体験でも

伝統的文化とともに、世界が新しい生き方を探る未来への入り口になりえることである。

 

私も44年目に参加した

CCIVS(Coordinating Committee for Voluntary Service)

起源

国際ボランティアサービス(IVS)運動は1920年に生まれました。最初のプロジェクトはフランスのヴェルダン近くで開催され、ヨーロッパのボランティアのグループが荒廃した村の再建を手伝っていました。第二次世界大戦後、戦後復興とボランティア組織の増加に直面して、ボランティア活動の調整と奨励方法についてユネスコで議論が行われました。1948年4月、国際ワークキャンプ組織会議が開催され、パリのユネスコ本部に設置され、国際キャンプのための調整委員会が設立されました。
1950年代から、ボランティア組織の数は、軍縮から健康と人権に至るまで、脱植民地主義から平和へと異なるテーマに触れ、世界中で増加しました。
1960年代初頭、CCIVSは、東欧の後、社会主義国で、それを整理するために東と西の間にボランティア青少年交流を有効に決定的な中立的プラットフォームを務め、1970年代と1980年代の青少年団体との接点を作り始めました。1971年、CCIVSは国連ボランティアの創設にも関連していました。
1980年代、「鉄のカーテン」を横断する東西プロジェクトの数が増加した。1987年、CCIVSはペレス・デ・クエラーの国連事務総長より「平和のメッセンジャー」という称号を授与されました。
1990年代初めには、南北関係とアジア・ヨーロッパ関係がますます重要になった。それ以来、CCIVSは、国際的なボランタリーサービスの動きの発展に関する議論や交流のための品質基準の改善の場として知られていました。インパクト、認識と国際自主サービスに関連する政策上の動きの反射をリードする、CCIVSメンバーは異文化間の対話、持続可能な開発、世界遺産、健康と紛争変容の5つの主要な話題を中心に今日働きます

9月にボルネオ学会で、「持続可能な農業」を提案するにあたって、

ボルネオの先住民とともに生活体験(農業体験も)をする、民族の世界生活遺産ともいうべきものを残すと同時に、世界が今後進むべき道が「持続可能な農業」としても、また、「持続可能な国際交流社会」としても、最初の一歩と伝えたい。

 

麦を売るな!麦の風景を売れ!

木曜日, 7月 5th, 2018

これは知足庵で野田先生が言われた言葉である。

葉っぱビジネスが村の活性化になる話から出た言葉だ。

ー^-^-^-^

マレーシアのボルネオにおいても、

こうした価値の変更が必要な時代に入っている。

金持ちがさらに金儲けようとして、アブラヤシの油をどんどん輸出しようとして、ジャングルを切り開き、そこに先住民族を追い出すという経済優先の官民の行く末は資本主義欲望の末路を感じさせる。

海外の人にとって、ボルネオの資源価値はアブやヤシではない。

熱帯雨林のジャングルの先住民の生活とそこに生きるオラウータンなどの動植物にこそ、

本当の価値がある。

 

アブラヤシを売るな! そこのジャングルの風景と生活を売れ!

ー^-^-^-^

モンゴルに行った時も感じていた。

羊を売るな! そこの放牧生活文化を売れ!

ー^-^-^-^

日本でもそうだ

原発を売るな! 日本の平和憲法9条を売れ!

日本の経済ではなく、日本が悲惨な被ばくと事故を体験し、

いかに平和な日本にしてきたか。その平和憲法を、

また、お金より命(人権)優先の政策を売れである。

ー^-^-^-^

マレーシアの先住民族

急激な近代化を進めるマレーシアで、先住民族に対する人権侵害は多発しており、その多くは土地をめぐる問題です。80年代以降、政府や企業は先住民族の暮らしていた森林を伐採し、ダムやニュータウン、プランテーションなどを次々と開発し続けています。先住民族には慣習的土地利用権が州法によって認められていても、それは軽視され、政府や企業による開発が優先されています。先祖から受け継いだ生活基盤である森林が失われることは、土地が痩せ、食料源の減少、川の汚染や枯渇、病気の蔓延に繋がり、先住民族への影響は計り知れないものです。

では、

先住民の文化生活をいかに売っていくか?

それは グリーンツーリズム(農業体験の旅)として、世界中の人が

ジャングルで、先住民とともに生活する体験を味わえる方向に、いくことが、

先住民の人権、ジャングルの地球環境保護、グローバル社会における観光に焦点をあてていくことでああろう。

ボルネオ先住民族の文化と伝統を学ぶ「マリマリ文化村」

ルンダヤ族の家

今のお金のシステムは最初から不平等の自由競争を基礎にしているため、本来の同等の立場での自由競争ではなく、より金があるものが、より金のないものを支配隷従させるための法(ルール)である。

それは武力と金力で、他人を強制的に従属させる行為であり、それは脅迫・殺人にも匹敵する犯罪行為に発展しやすいものである。

金より命!

経済より環境!

お金より人権!

お金より労働!

今の資本主義において、正当な自由競争で経済発展させるためには、オリンピックのように、だれでもが、そのスポーツに参加する資格を与えることから始まる。

それは各国のベイシックインカムだけでなく、グローバル ベイシックインカムがあってこそ、自由競争を土台とした資本主義が正しく機能することができる。

まず、人の命を守らずに、金の奪い合い競争はどんなスポーツにおいてもルール違反になってしまうだろう。まして、経済ではベイシックインカムにおいて、まず命を守ることが、マネーゲームを楽しむ基本中の基本であろう。

先住民の人権と生活をまず守る政策また観光あっての、資本主義社会における基本中の基本であろう。

 

自然と人工・・何が違う?

水曜日, 7月 4th, 2018

隣のブドウ園の休耕園は毎年何もしないで

春に雑草のイヌムギが一面に生え、夏に枯れる

イヌムギが枯れて2-18.7.4

夏から秋に あの引っ付き虫の雑草センダン草がはびこる。

また、お隣の休耕園はイヌムギだけでなく、他の雑草も生えるが・・

除草剤を播いて枯らす。

イヌムギなどの雑草を除草剤で枯らす

でも、夏から秋にかけて、雑草センダン草が生い茂る。

つまり、

何もしなくても、イヌムギは夏に枯れ、センダン草は冬に枯れる

除草剤をしてもしなくても、同じ結果で、そこで作物を作るわけではない。

もう、その二件の持ち主は私がここにきて8年も同じことをしている。

二件とも、数年に一回か、雑草刈込機で刈るが、何もしなくても同じことである。

^-^-^-^-^-^

一体、人は何のために除草剤をまき、刈払い機で、手間と金をかけて雑草を年がら年中するのか?

意味のないことを 単に見かけが悪いからだというだけで、そうしているだけとしか思えない。

雑草の処置だけでなく、

いくらかでも売れる作物を作るために

えらい、お金と手間をかけているのをみている。

お金をかければ売れるのか

お金をかければ楽になるとか

そういうことは逆に、

お金をかえればかえるほど、手間もお金もよりかかるのではないか?

そんな疑問をいつも持たされる。

高価な機械を買えば、その資金を回収しようとして、より手間とより金がかかることがけっこうある。

毎日稼働する農耕機械などほとんどないだろう。

年に数回くらいでも、そのとき楽になりたくて、そうした機械をかったり、農薬を使用して 金と手間をよりかけてしまう。

そんな農業が主流になっている感じがする。

そうした機械や農薬を使うには大きな農場にはあっているだろうが、ほとんどの日本の農場は小さい。

それは

大資本をもった農業経営者がより金儲けでき、大資本を持たない小農業者は貧乏暇なしで、出稼ぎでもしなければやりくりできないのは昔も今もそうであろう。

私だって

畑仕事は道楽であり、単に自然農法の研究のためでしかない。お金は国民年金と、不動産のアパートと駐車場を貸して得ている。

私の家の250坪の畑などで金儲けなどできるわけがなく、それをしたら、赤字がどんどん増えるだけである。

ー^-^-^-^-^

自分の67年間の人生を振り返って

つくづく感じたのは、お金はお金で稼げ! けして働いて稼ぐな!

ということである。

マルクスが人を資本家と労働者と分けて考えたが・・

私はどんな人間も、資本家であり、労働者であると考え、人々を二種に分類できないと思っている。

知足庵で、

「もし何もなかったら、どうやって生きていく?(働くしか道がないだろう!)」

という質問に私はこう答えた。

「まず銀行に行く。そこで1000万借りる。担保はその金で買う土地と家である」

と。いわば、それは資本家の発想であり、個人事業の不動産業である。

「そういう規模でなく、生活するための20万のお金をどうするか? という問題である」

それについて答える機会がなかったので、

今それに答えたいと思っている。

「近くの市役所に行って、生活保護の申請をすれば、住居費や生活費は合わせても20万円はくれるだろう。」

つまり、「働かなければお金が得られない」と思い込んでいる。

「働かなくても、お金は得られるし、むしろ、お金を資本投下した法が働かなくても十分お金は得られる」

そもそも、

お金は中央銀行でただで印刷される。今はやりの仮想通貨だって、ただで発行されるのである。

ただで発行されたものを貸し借りしたり、売り買いしながら、その利ザヤを金儲けするのが金融業である。

働いてお金が動く実質経済を1とすれば、働かずにお金が動く金融経済は現実では9であろう。

ー^-^-^-^-^

簡単な例でいえば、

毎月家賃5万円を働いて払い続けるのと、

その家を35年ローンで、で1000万円借り、毎月元利合計5万円を働いて返済すると比較したら、

35年後は借金しなければ一生涯毎月5万円支払わなくてはならないが、借金すれば35年後はその家と土地は自分のものになる。

人が労働者としてだけ生きるか?

人が資本家事業者として生きるか?

それだけの選択で大きく変わってくる。

人はどちらにもなれるのである、

お金の仕組みと労働の構造はまったく違う。それらは10%交差してても、90%は無関係である。

ー^-^-^--^

「持続可能な農業」を考察するには、

まずもって、「働くこと」と「金儲け」とは別々に考えていくことが必要だと思える。

これは

将来、各国がベイシックインカムを国の基本政策となるだろうと予測でき、

それは労働と金儲けをはっきりと区別することから、今起きている世界の貧困と富裕の矛盾解決への糸口になるだろう。

食べる農業か?金儲けの農業か?

火曜日, 7月 3rd, 2018

隣の桃栽培農家が、銀色の桃落下シートを敷き詰め、先日、収穫が終わり、落下シートも撤収し終わっていた。

収穫後の畑の下には大量の腐った、傷んだ、小さすぎる桃が捨て去られていた。

また、売れそうもないイビツまた、傷んだ、小さすぎる桃はそのまま収穫されないでそのままになっていた。

こういう売れないものは廃棄する行為はどの農家でも同じことをしている。

捨てられていた4本の桃ノ木の下にあるものをみな集めてみた。

4本の桃ノ木から売れないので、捨てられた桃

腐った部分は手で乗り除き、桃のジュースにした。

でも、95%はそのまま冷蔵庫に入れ、傷んだ箇所をとりのぞきながら、美味しく毎日食べることができた。

この量は畑に捨てられた桃だけで、収穫されなかった桃はそのままに残しておいた。

収穫後の桃ノ木4本、捨てられた桃だけ拾ってきた

桃の実が育つ頃、一つ一つの桃を大きく育てて売れるようにするため、間引く作業をする。

間引かれる桃の数は3分の2はあるだろう。

そうした間引かれた桃も拾ってきて、梅とそっくりなので、梅干しと同じ要領で、桃干しを作ってみた。そうでなくても、焼酎につければ桃酒ができるし、砂糖にまぶしても、お菓子ができるだろう。

食べる農業ならば、無駄に捨てるものはないが。

売る(金儲け)ための農業ならば、無駄な捨てるものがたくさんできる。

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時々ニュースになることで、

キャベツができすぎて、値段の暴落することを恐れ、みな廃棄してしまう生産調整もそうである。

緊急需給調整により全国で9,700tのキャベツが産地廃棄されtた。これによる交付金は27円/㌔、2億6千万円

緊急需給調整により全国で9,700t、うち愛知県では8,500tのキャベツが産地廃棄されることとなりました。需給ギャップによる大幅な値下がりを緊急的に調整するためです。これによる交付金は27円/㌔、2億6千万円となります。

1980年この制度が始まって以来、1994年を除いて毎年全国のどこかで野菜の産地廃棄がおこなわれているそうです。消費者の立場にたてば「捨てるのはもったいない。」とか「高いときはなかなか安くなる措置をしないのに。」などいいたいことはいっぱいありますが、市場経済に委ねこのまま価格下落をそのままにしておけば箱代もでなくなってしまいます。「高いときは大儲けするからいいんじゃないの。」という意見もあって複雑ですが、それよりも生産者の無念をおもえば毎食キャベツをたべて少しでも需給ギャップの解消に協力しようと思ってます。

こうした売るための農業と食べるための農業の矛盾は・・問屋小売り、スーパー・コンビニでも起きています。

毎日起きているのがコンビニの売れ残り弁当廃棄である。

世界で13億トン、日本で1700万トンも出ている食品廃棄物

食品廃棄物は生産される量の3分の1

 

生産される食料の3分の1に相当する量が捨てられる。

こうした、食べ物が「売るための農業」が主流になってくると、

飢餓と大食いグルメの矛盾の二極が現実化する

 

 

ボルネオの住民の姿

ボルネオのダヤク族の生活は困窮し、オラウータンは絶滅に追いやられる一方、

熱帯雨林をみなアブラヤシ農園にし、それを海外に輸出して金儲けする構図が生まれる。

ー^-^-^-^-^

食べる農業は食べ物の分かちあいに進むが、

売る農業は食べ物の奪い合いに発展する。

ここで、思い出すのが、

 

奪い合えば足らぬ・分け合えば余る

「食べる農業」5対「売る農業」5にした、

バランスがいい農業が期待される。

その場合、農業と金儲けを分けて、農業は食べる農業へ、金儲けは金融経済へという方向性でいったらどうかなと思う。

 

知足庵号のいよいよ船出/ボルネオの熱帯雨林から

土曜日, 6月 30th, 2018

いつもは知足庵参加の復習で忙しいのだが・・・

「6月の自然と健康の会」は4月で 各自目的がバラバラで、その姿のように会もバラバラに解散するような様相を呈した。

私も最後の大学講義として今までの人生すべてをかけて臨んだ。

その後だ! 船長の大橋教授が「66年間の生涯での悟り」を得て、大いに語りだしたのである。

その悟りで、沈みかけた知足庵号が浮かびだし、大きく世界の海原に走り出した。

自然に生きるとは?

健康とは?

その大いなるコミュニケーションが英語でまるで浪間のように洋々淡々と打ち寄せては離れるかのように表出してきた。

今回のコミュニケーションは「癌とは何か?」というのに尽きるが、

9月中旬のマレーシアのボルネオ島における「持続可能な農業」学会におけるプレゼンが、なんと日本語と、ドイツ人デンマーク人中国人6人の18歳の若者も迎えて英語でも行わわれた。

持続可能な農業と癌は「自然と健康」という具体的対象としてみれば、根本でつながっており、両者は左右の足が振り子のように振れながら歩くような対話でその真実への道へと向かっていく。

私もその流れにどっぷりとつかりたくなった。

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まずは

学会(サバ州)が開かれるボルネオの熱帯林の問題点である。

マレーシア領ボルネオで熱帯雨林の80%が伐採

 

2009年時点のマレーシア領ボルネオ(サバ州・サラワク州)の森林の状況

マレーシアのサバ州・サラワク州に伐採や皆伐の手が及んでいない熱帯雨林はほとんどなく、そのかなりの部分が1990年以降に行われたものだ

古い巨木が多数あったかつての熱帯雨林は、炭素を貯蔵し多様な生態系を支えていた。それが今や油ヤシ農園や材木林に転換され、伐採により空洞化している。

アブラヤシ

アブラヤシは果実から得られる油脂を目的として栽培が行われている。

単位面積当たり得られる油脂の量は植物中屈指[1]である。今日産業的に大規模栽培されたアブラヤシから収穫された果実は、石鹸や食用植物油の生産に使われている。

果実のうちの果肉からはパーム油が、また、中心部の種子からはパーム核油が得られる。パーム油とパーム核油の品質は異なっており、パーム油は調理用、パーム核油は加工食品用としての用途が多い。

また、アブラヤシの油はバイオディーゼル燃料としての利用も考えられている。

換金性の高いアブラヤシはコプラ原料となったココヤシを駆逐して急速にその栽培面積を増加させつつあり、パーム油の世界生産量は植物油中1位である。

マレーシアのギニアアブラヤシ

アブラヤシの幹と果実

マレーシアサバ州タワウでのプランテーション

日本で健康的な洗剤として輸入され、それが日本の環境保全と熱帯雨林の環境破壊とが矛盾するとおおいに話題となったものである。

 

持続可能な農業には地球規模の環境保全という視点で考える必要がある。

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チョコレートと児童労働

 

環境と経済はシーソーのように、

環境を優先すれば、経済が衰え、

経済を優先すれば、環境が劣化する。

仕事と生活のように、どちらかを優先すれば、まるでギャンブルの勝負事のように、どちらかが劣化する。

持続可能な農業において、環境と経済の矛盾バランスは公私の最もよい5対5のバランスが適応できそうである。

自5対他5のバランスが一番安定する

持続可能な農業とは、自国でも自給自足のような食べるための農業と、他国との持ちつ持たれつの輸出入して分かちあう農業のバランスが5対5であることだろう。

ボルネオ農園では輸出するアブラヤシばかり生産するのではなく、

自国で生活するための食事に必要な食べ物を地産地消として半分半分生産し、

かつ、人間と他の生物(植物・動物)との共存共栄も視野に、

ボルネオ農園は原生林5対農園5の割合で、環境と人間が調和して生きられるようにすることが必要だろう。

 

ボランティアで学ぶ現代社会/プレゼン

土曜日, 6月 16th, 2018

この68年間の生涯はまさにボランティアから学び、生き抜いてきた現代社会だった。

中学3年の国語の教科書に、ロマンローランのベートーベンのような長編小説「ジャンクリストフ」の一小節に、叔父とゴッドフリートと幼き歌作りを目指すジャンクリストフとのライン川の河原での会話に、私の一生が決まった。

「なんのために勉強するのか?」

「なんのために生きるのか?」

その疑問を老年になった今も問い続けている。

小学1年生の時から、三歳上の兄の暴力と暴言のイジメに苦しめられ、高校2年生までの10年間の家族(社会の最小単位)との葛藤、そこから抜け出す道を柔道の

「柔よく剛を制す」

という精神で、極真空手の兄と柔道の私の喧嘩は高二になったとき、兄の空手をかわし、投げて、抑え込んだ時、家族のボスは弟の私になった。

現代社会、家族の問題解決をするには、自然をよく観察することで、その糸口を見出すことができる。

庭先のいるダンゴ虫は目の前に障害物があったときに、左と右 交互に回りこんで 乗り越える。

どんな迷路であっても、左と右と 回り込んで、それがうまくいかなくなったとき、ダンゴ虫は悩み、自閉症やパニック障害に陥るが、それでも、けしてその迷路から抜け出る挑戦をあきらめないでいると、どんなダンゴ虫でも、いつかはその迷路から抜け出ることができる。

人間でいえば、正 反 合 を繰り返しながら問答していく弁証法のような知恵力である。

 

弱肉強食というが、それが本当なら、この自然界には強い生物だけが生き残っていることになるが、この地球の歴史を見る限り、地球の強くて大きい恐竜は絶滅しているので、それは違う一面だけのことだといえる。

むしろ、自然は強いものと弱いもののバランスで共存しあっているといえるだろう。

柔よく剛を制すことも、剛よく柔を制すことも、どちらもあり、常にどちらが勝つということはなく、バランスよく、剛柔をくりかえしながら、平和共存しているのだろう。

中三の時の疑問、「何のために勉強するのか?」「何のために生きるのか?」は、私の高校生活を否定し、その答えを追及した結果、その答えを「神仏になるために」という宗教的なものと信じ込んでしまったため、私は精神病院生活を高二高三と送ることになった。

精神病は妄想・幻聴・幻覚の三つが伴い、さらに、その薬の副作用の眠気としびれに苦しまられ、それらの原因である「なんのために生きるのか?」という疑問、また、「神仏を求めること」また、精神病の薬を封印し、逆に普通の社会生活ができる考え方とアルバイトをすることで、病気を克服しようとした。

その闘いは、放浪生活(旅とアルバイト)として、最後に万博で働くことで一区切りを持った。

家出して放浪してアルバイトしていた万博に、両親が心配して会いにきたこともあり、帰宅した。

その後すぐに免許とるため、近くの自動車教習所に整備工として勤めたが、何気なく大学受験してみたら、受かってしまい、「今しかできないこと」で判断し、仕事をやめ大学に入った。

大学はちょうど学園闘争の時代であったが、私は西洋哲学の勉強をしようとした。

だが、一年は基礎勉強で高校の延長、二年は哲学を学ぶための語学が中心の授業にあきあきした。

ちょうど3年になって、授業料が二年分延滞したこともあり、支払った分だけの一年中退にした。

しかし、

私は大学の卒論として、「労働と職業論」の完成と、海外の旅の資金38万円を国会図書館で、アルバイトすることで得た。

封印した「何のために生きるのか?」という疑問は、「働くって何だ?」となり、WHY から WHAT またより具体的な問いかけになっていった。

中退せずに大学卒業にあわせた二年後、ロンドンに旅立った。そして、パリで 映画でみたソレックスという38ccのエンジンがついた自転車を8万円で購入し、そして、ドイツのライン川を下りながら、オランダのワークキャンプに着いた。

14か国、26人の男女が集まり、仕事はオランダのサイクリングロード工事で、20代前後の若者がともに働き、ともに遊び、ともに食べ、ともに住み、ともに生活した。日本人は私一人であったが、英語もできない東欧の人も一緒だったが、その二週間は老年のなるまでで一番楽しかったのである。

それはきっと文化も言葉もちがう人たちが理解しあうことのすばらしさだったのではないだろうかと思う。

そして、ソレックスで、フランスの中央のリンゴ園で2週間のアルバイトをした。

そこも、各国からあつまる青年たちだったが、目的がお金目的であるため、美味しいフランス昼食も労働者談義で、中止になるなど、楽しい気分も、また友達もできなかった。

ボランティアとお金目的で集まるその違いに、「楽しみ」と「つまらなさ」を実感した。

帰国後、「労働と職業論」を実践すべく、自分の好きなジャーナリストになりたくて、10人規模の科学新聞社に就社した。希望の記者の仕事をさせてもらったが、その記者のつまらなさを感じ、むしろ、雑務を改革する与えられた総務の仕事の方が魅力を感じた。

好きな道が自分に適しているとは限らない

やってみて、初めて、その職業が自分に合っているかわかり、また、好きになれるかがわかる

それを体験した。

会社改革に限界を感じ、退社して、両親の店を継ごうとしたが、そこに将来性も生活費もでないことを知り、自分で事業を起こすことにした。

「俺たちの旅」というテレビドラマがああり、学生たちが、「なんでもやります」と自転車にのぼりの旗をあげて、近所を回るという発想をそのまま実行した。

当時便利屋という職業はなく、手探りで、「なんでもや」として、一年ほど活動していたが、ほとんど仕事がこなく、テレビばかりみていた時に、「アメリカの珍商売・・ゴリラメッセンジャー」というのが出てきた。それはおもしろいとして、それを東京新聞の三行広告(3000円)に出したら、仕事はこないで、アサヒグラフという雑誌の記者が取材にやってきた。

一面に大きく記事がのったが、仕事はこないが、他のマスコミが次々取材にきた。

そういうこともあり、便利屋とゴリラメッセンジャーの仕事は入りだし、またアルバイトする学生も集まってきた。

私が働く目的は 一緒に働く人たちが自由に楽しく生きることだった。

便利屋はお客から時給3000円とり、そのアルバイトに時給2000円出すという方式である。

ゴリラの恰好をして結婚式や誕生会にプレゼントとメッセージカードを届ける仕事は8000円をお客からもらい、4000円アルバイトに渡すというシステムにした。

だから、アルバイト料が払えなくて困ることはなく、自宅を事務所にしていたせいか、経費もわずかなので、お金に困ることはなかった。事務所は若者の大学の部室みたいで、そこに寝泊まりや、宴会や議論のたまりばだったのである。

仕事はみな一回性であり、やる人もみな違うという、そういうおもしろさもあった。

私はみなが自由に働く環境を作るために、「フリー社長制度」を作った。その中で、唯一学生時代にアルバイトにきて、卒業後もゴリラ便で働いてくれたOさんがほとんど社長をやってくれ、私は自由に別なことができるようになった。

仕事は自由になったが、恋愛は下手で、つねに片思いで終わってしまい、どうせ「結婚できない」人生ならば、「一生涯結婚はしない」と決心した人生のがいいと思い、40歳で「結婚できない感傷旅行」として、西サモアを旅した。

バスがなくなり泊めてもらった家の18歳の娘さんを冗談で母親に「嫁に欲しい」といったら、「いいよ」とあっさりOkになり、それが現実になった。サモアでは親が娘の結婚を決めることを知らなかったせいである。

日本に連れてきて、二人の現在27歳と25歳の娘も得ることができたが、6年後、国際結婚のその文化と経済環境で、離婚することになり、私一人で育てた。

高校卒業時に封印していた「神仏とは何か?」という疑問を、うちの働き手が持っていた「理性のゆらぎ」という本をつい読んでしまい、22年後にその封印を解いてしまった。

その本はインドの聖人サイババのことが書いてあり、そのサイババの言葉の

「神より家族を大事にしなさい!」

ということで、これは本物に違いないとして、再び「神仏とは何か?」を探求し、すぐにインドのサイババのところにとんだ。

10年も、サイババにすっかり信奉していて、それをメインに活動していたが、「裸のサイババ」という暴露本が出版され、サイババの児童の性的虐待とトリックの神技を知って、調査実験して、それが真実であるとして、サイババの「宗教は一つ、それは愛の宗教」という考え方さえも否定した。

そして、日本の滋賀県に「ありがとうおじさん」が「ありがとうございます」という感謝の心が神だという宗教に鞍替えした。しかし、その教祖ありがとうおじさんもまた、数年後スキャンダル(信徒と性的交わりと、ボランティア信徒が指を怪我したとき、赤チンをつけて「ありがとうございます」を唱えていれば治るというのを実践したが、化膿し、指を落とさざるをえなかった事件があり、彼の「感謝の神」を捨てた。

そして、神仏そのものを捨て去り、自然に生きる道を新たに歩みだした。

長年の宗教生活においてはみなボランティアであり、そこからの収益はないが、生活費は親の遺産相続が、4人兄弟で、次男の私だけにすべて与えられたため、その遺産のアパート収入で、子育てしながら生活できた。

便利屋ゴリラ便からの収益は一度も入ったことはなかったからである。

ひとり親の子育てと私の田舎暮らし希望で、山梨の丹波山村に山村留学をした。

東京の家は壊し、そこを倉庫付き駐車場にし、アパートは自分でリホームして、つくりかえ、モダンなアパートにして、収益をあげた。

「お金はお金で生み出す」

「労働ではお金を生み出すことは難しい」

それが私の一番自然な人間的行為になっていった。

両親が一生涯営んでいた生地屋も、また商店街がシャッター通りになる時代である。

その収益は家賃の10万円を出すだけのための、生活費はまったくでない店になっていた。

ゴリラ便の若手のスタッフに、その店をリサイクルショップとして経営させても、やはり、自分の生活費がでず、ただ店の借り料を払うためのボランティア以下の道楽として自分の貯金をくずして生活せざるをえないので、閉店させた。

そこで、

ネットで経営すること、また、店でモノを売らずに、そこの売り場を貸し出す「フリーマーケット」の店にすることにした。月で借りて、日で貸すという日貸し店舗にした「フリマ笹塚」という店にし、元ゴリラ便スタッフをその店のスタッフにして、しかも、売り上げに準じて、払うゴリラ便方式に切り替えた。一日1万円の貸し料が入れば、3000円の管理料を払う方式である。

もちろん、社長の私はまったく店からの収益はなく、ボランティアとして経営している。

山梨に300坪で900万円の畑付き家を買い、そこで、古代小麦と陸稲と蕎麦と野沢菜を中心に自然農法を研究する道楽を楽しみ、生活費はアパートと倉庫付き駐車場と、国民年金とその基金で、ひとりぐらしには十分な生活をしている。

多くの迷いは、自分とその周りの社会の間で、自由に生きるにはどうしたらいいかという挑戦から生まれる。

こうした迷路のような社会に対して、自由に働き、楽しみ、生きていくには、自然をよく観察することである。

このメダカの迷路もまた、個人(自分)と社会(家族・学校・会社・団体・国・国際・地球)とかかわりあいの中から、自由な世界へと飛び出すにはどうしたいいかを教えてくれる。

集団の中で、勇気を出して、その集団から飛び出る。飛び出ても、「一人じゃいきられない」と不安になるかもしれない、だが、どんな社会も完璧な社会なんかではなく、常に新しい改革が要求されている。そうした中で、集団の中で一人また一人と冒険していくと、いつのまにか、その社会全体の構成員がその後に続いて、自由な世界へと飛び立つことができることを このメダカの迷路は教えてくれる。

 

持続可能な農業のプレゼン

月曜日, 6月 4th, 2018

6月22日の健康と自然の会で

「持続可能な農業」のプレゼンを頼ました。

9月15日~23日のボルネオのスタディツアーに

なんと徳大の新一年生6人が参加予定というのでびっくりだ。

あの難しい国際学会をメインにせず、学生を中心にしたプレゼンや討論を入れたためだろう。

いわば、モンゴルのように その日程計画を見る限り、

お互いの学生を中心に5分間の英語のプレゼンをしようというものだと想像する。

どうやら

そのための前哨戦みたいなもので、

「持続可能な農業」に関しての意見としてのプレゼンを5分間して、

参加する1学生たちが英語でプレゼンできるように、その見本を示したい感じにみえた。

その想像が正しいかどうかはどうでもよく・・

私が心から望んでいた形式なので、その準備をすることにした。

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池上彰さんは実にいいポイントをついてくる。

 

チェルノブイリ事故の32年後の今、その放射能汚染地区の立ち入り禁止に、

野生動物の数が増え、そこが彼らの楽園になっているという報告をしている。

その最有力原因説は

「人間による狩猟がなくなり野生動物が増えた」

というものだ。

 

人類が核戦争や原発事故で絶滅すれば、その他の野生動物の楽園になり、

人類が何もしなければ自然環境は蘇ってくる意味もあるということだ。

この一事実から

「持続可能な農業」とは「人間が何もしない自然な農業」ではないかと学ぶことができる。

また、

人間が野生動物と共存して生きていけば、

たとえそこが放射能汚染地球であっても、人類も野生動物とともに生きられる楽園になるということだ。

私が40年前に科学新聞社に勤めたころ、

そこで発行した科学新聞記事に「プラスチックを食べる微生物が発見される」という記事が掲載されていた。

だが、未だにプラスチックの海洋汚染ゴミの処理が問題なっている。

また、

福島原発事故から2年たって、

「微生物が放射能汚染を除去する」という事実(データ)が発見されても、

その研究はいっこうに進められていないばかりか、さらに原発稼働と輸出して放射能汚染を広げている。

人類が欲張って贅沢な生活を研究努力すればするほど、温暖化のように、自然破壊をし、自滅化している。

 

人類同士が信じる神を讃えて自爆テロをするような野生動物がいるだろうか?

 

このことから

「持続可能な農業」とは「雑草に学び、

雑草を敵視せず共存する自然農業」を提案したいと思う。

それは端的に言えば

「作物の雑草化作戦」だ!