Archive for 5月 9th, 2018

真っ直ぐな釘よりねじれた螺旋の方が固定・分解しやすい

水曜日, 5月 9th, 2018

『ねじれた家』

ポーランドのソポトにある「Krzywy Domek(ねじれた家)」
というショッピングセンター

➡ 家の中の詳細

ねじれた男がいて、ねじれた道を歩いて行った。
There was a crooked man and he went 
a crooked mile.

男はねじれた垣根で、ねじれた銀貨を拾った。
He found a crooked sixpence beside a 
crooked stile.

男はねじれた鼠を捕まえる、ねじれた猫を持っていた。
He had a crooked cat which caught a crooked mouse.

そしてみんなと一緒に小さなねじれた家に住んだ。
And they all lived together in a little crooked house.

 

 

真っ直ぐな歌だとつまらないが、ねじれているだけで赤ちゃんが笑うのは 楽しくさせる要素がねじれにあるのかもしれない。

 

よくよく自然を観察すると

真っ直ぐなものは人間の創造物が多く、自然な木々や大地の隆起などのように、ねじれたものの方が多い。

第一 生命を形づくる遺伝子だって ねじれている

嫌な思い出を記憶から消す「遺伝子スイッチ」neuroplastin(NPTN)

 

自分で 家をリフォームした時は

一度も真っ直ぐな釘も、それを打つトンカチも使わず、

ほとんど、螺旋(ネジ)と、電動インパクトドライバーを使っった。

その方が しっかりと固定するし、失敗しても、元に戻しやすく、

釘は一度しか使えないが、螺旋は何度でも使える。

 

人生も真っ直ぐよりも、曲がりくねった波乱万丈の方がおもしろい。

 

 

自然を観察するということ

水曜日, 5月 9th, 2018

蕎麦の花が咲いた

2018.5.9蕎麦の花が桜の花のように咲いた。雄しべが黄色ではなくピンクの違いと大きさが違うくらいだ

ちなみに、桜の花びらは

傍に ジャガイモの花も咲いた

2018.5.9ジャガイモの反が横に四方を眺めるように咲いた

「花より団子」というが、蕎麦やポテトを食べることばかり意識していると、

その花がどんなものなのかは 知ろうとも、観察もしない。

それは 「木を見て森を見ず」というように、

「その事実を見て その真実を観ない」と同じではないか!

そこで、

今年の目標である 古代麦・蕎麦・陸稲の自然交代だけでなく、一緒に咲いている雑草も観察することにした

古代麦の間の蕎麦・陸稲・雑草犬のフグリ・・2018.5.9

そして、

6月21日のボランティア活動から学ぶグローバル社会と地域社会の授業も

学生の「学ぶ」意識を「教える」意識まで 広げるようにすれば より真実を理解できるのではないか?

また、意見や知識を伝えるのでなく、テーマに関する 実体験や自然観察を伝えることが より事実と真実に近くなる。

欲望は自己意識であり、事実・真実は自然・全体意識から理解されるということだろう。