東京は金と法律で不便

 昨日、早稲田大学の近くのオープンフォーラム早稲田で、千葉の有機農業をしている土屋芳久さんの講演を聴いた。

 山梨から車でそこに行ったのだが、近くの駐車場はみな一杯で、空き駐車場をうろうろと探していたら、パトカーに出会った。何をしているのだろう? と気になりながら、そのわきをゆっくり通り過ぎたら、通行人が、「ここは一方通行だから入れないよ。それにしても、よくパトカーがいて入れたな」と教えてくれて、そこで、ユーターンして、パトカーのところにもどろうとしたら、警官に呼び止められて、「違反したので、チケットをきる」という。

 私は空き駐車場とパトカーが気になっていて、すっかり、道の途中から一方通行になる標識を見失っていた。そういう標識もめずらしいが、そこにパトカーが、110番の通報があっての処置をしていたので、私の車を止めなかったというのも、何か妙な空間にはまった感じがした。

 違反点数はかなり残っているので問題はなので、「罰金はいくらですか?」「7000円!」「やはり金ですか?」「(警官の)私に金が入るわけではないよ」「払う方は同じでしょう」

 警官の「違反は違反だから」という言葉と金ですべてすませてしまうやり方に、猛然と腹がたった。それに山梨から3時間以上かけてやっと着いたと思ったら、1時間探しても有料駐車場は見つからなかったあげくのミスと罰金に対しての不幸にも納得がいかなかった。

 そこで、3人いた警官にかみついた。

「どうして、違反しようとする車を見て止めないで、違反に気づきもどってきた車を止めてチケットを切るのか?

 なんのための安全のための法律だ! おかしいではないか! 注意せずに、なんでも金で解決しようとするのは許せない!」

 警官はあまりに興奮した私に「大声をあげないで」と、近所に気をつかったので、私はさらに近所に聞こえるように大声をあげて、近所の力の賛意をえようとした。すったもんだの30分で、安全運転の誓約書にサインに、左の薬指の指紋を押すことで解決した。

 そこから、また、会場におられた古山明夫先生が受付をしておられたので、大きな駐車場を紹介してもらい、そこに行ったがやはり2件とも一杯だった。もう、講演は始まっていたので、かなりあせり、早稲田大学前の道路では9時から19時まで1時間だけ駐車できるラインがあったので、そこに止めた。
 しかし、その1時間だけの駐車場のお金をどこに支払うのか? どこでチケットを売っているのかがわからず、そこで駐車違反を覚悟して、講演会を聞くことにした。早稲田の文化祭があったせいか、道路駐車も混雑していたので、私と同じように車できた人はみな困っているだろうなあと思いつつ、駐車違反の罰金と講演会を天秤にかけて、講演会を選んだ。

 講演が終わってすぐに早稲田大学の校門近くに止めた自分の車にはしっかりと、「駐車違反」の紙がワイパーに挟まれていた。その手続きをしようとしたが、単に私の車のナンバーと違反時刻1時45分が記入されてあるだけで、連絡先の電話番号も、チケットを支払う地図も書いてなかったので、違反の紙を取り除いて、山梨の家路に向かった。たぶん、あとで、車のナンバーから請求書がまわってくるのだろうと思う。

 それにしても、東京は不便きわまりないところだ。「金と法律」で縛り上げた不便社会である。

 こんな体も気分もくたくたになって、土屋さんの講演を聞いてもあまり集中できなかったが、特に印象に残ったのが、経済を縮小させていくことが大事で、増税もやむをえないということだった。

 質問内容で、1人当たりの労働生産性が日本は極端に少ないことに意見が集中した。翌日、ふとみた放送大学で、環境の専門家が、図式で、

 労働生産性から資源生産性へ


 のチェンジの必要性をのべていた。これが答えになっているように思える。
 限られた資源の中でどれだけの生産をするかが大事であって、人1人1人の労働生産効率をあげることにこだわる必要がない。

 これはベーシック・インカムを進める力にもなる。

 「働かざる者は食うべからず」ではなくて、
 「限られた食べ物をいかに分かち合うか」である。

 「違反を金と法律で取り締まる」のではなく、
 「安全をいかに協力して生み出すか」である。

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数字が欲望を制す

 期限貨幣・・・というより、循環貨幣と言った方がいいかもしれない。

 この理論を実際に試したくなった。とはいえ、世界の基軸通貨を私が試すことはとてもできるものではないし、地域通貨で試すとしても、そんなパワーもない。

 そこで、この循環貨幣システムを自分の体でなら実験できると思える。その設定は

1.生産→食事

2,消費→運動・仕事

3.貨幣→カロリー

 に相当する。

 今までの中央銀行システムでは無制限に食事をし、運動カロリーとの余りのカロリーが脂肪となって、メタボになってしまう状態だと判断できる。(これは無制限に生産と消費をして、余分なお金が金持ちに貯蓄されて、ぶくぶくに太った経済社会が身動きができなくなったと対照できる)

 今のメタボな私みたいなものである。

 そこで、新しい循環システムを導入して、ダイエットに挑戦する。

 まず命をつなぐ最低のカロリーを計算する。

1,1日の必要カロリー数と体重 ・・私の場合 58キロ 1600キロカロリー 

2,食事のカロリーブックを参照して、1日の食事を1600キロカロリーにする。

3.健康な体を維持する運動量(時間)を計算する・・私の場合は24時間の10%減価 2.4時間

4,毎日の摂取カロリーと運動時間と体重と体の調子を記録し、毎月チェックする。

5.1年後、健康的生活(体重・カロリー・運動・食事・体調)を総チェックする。

 これは循環貨幣では、貨幣の発行額を必要な生産量に合わせて発行し、生産を無限に行わないで、地球環境に合わせた生産調整を行うことである。減価する貨幣とは、人類全体が必要な貨幣を常に全体に流れるようにして、一部の金持ちが大きく貯蓄できないようにすることである。

 減価する貨幣とは人が必要なカロリー数を一定にするための運動システムであり、運動するとカロリーが使われるので、その分を食事で追加するようなものである。減価する貨幣は運動で減るカロリーに相当する。

 減価し貨幣分を必要な生産のための貨幣を追加する。これが、運動した分のカロリーを食事で補うというものである。栄養バランスは社会が必要とする政策にあたるだろう。欠けた栄養を増やし、余った栄養を減らすような政策にあたる。

 我々の「食べたい」という欲望をコントロールするには、数字を使うことが最も効果的に思える。

 スポーツでは、まさに数字との戦いである。人との戦いにおいても、基本は自分が設定した数字との戦いである。それによって、自分の欲望を制することが可能になる。

 商売でも、その売り上げを数字を使ってあげていくように、数字で生産と消費をコントロールすることができる。

 今までの中央銀行システムでは無制限の貨幣の発行のため、その生産と消費をコントロールできない。まず、必要な量の生産と消費の数字をあげて、そこから、人の欲望(生産・ゲーム)をコントロールすることができると思える。

 

 

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基軸通貨発行の条件

 私たちの考え方や行動はその元があり、その元がどんなモノであるかで、すべてが決まってしまう。
もし、私たちの生活が中世であったなら、キリスト教のけして死なない神の観念を土台にした考え方や社会が築かれてしまいます。
 経済がもし不滅のお金を土台にしたならば、その不滅のお金をもっとも多く持った者の権力社会が生まれます。それが資本主義です。
 しかし、人の命を土台とした経済社会ならば、お金は不滅ではなく、限りある命と同じく期限通貨になります。

 今、基軸通貨であるドル崩壊の動きから、世界はユーロのように、地域連合経済圏の通貨が生まれようとしています。そして、基軸通貨をどのように発行するかも国連を中心に模索されています。

1,基軸通貨とは何か?

 

 オリンピックのマークのように、世界が5カ国で平等の立場で、内需と外需を半々として、貨幣による商品交換を考えてみました。

 一国の生産される商品を100とすると、その交換に必要な貨幣も100になり、他国と交換できる貿易商品をその半分の50にします。

 各国は独自の貨幣を発行しますので、みな価値観が違います。そのため、各国の商品を交換するためには、どうしても基準となる価値が必要なので、基軸通貨が必要になります。

 この基軸通貨は各国の通貨を交換するために必要な通貨なので、その発行額は50×5カ国=250になります。

この場合、基軸通貨は各国の通貨以外のものでなくては不平等になり、正当な交換はできません。しかし、今の世界はアメリカのドルが基軸通貨になってしまい、一国のアメリカ経済が沈むと、世界の経済全体も沈んでしまいます。

2,アメリカドルが基軸通貨の場合

 これは、例えば、世界中の必需品である石油の売買はドルで行うことになり、その結果、アメリカは世界の石油のすべてを生産したこととなり、その売買に必要なドルを発行してもいいことになります。

 そのため、アメリカは世界の商品のすべてをドルを印刷するだけで買えることになります。

 しかし、世界は中央銀行システムなので、借金をしないとお金は信用創造できません。そのため、アメリカは赤字国で、最大の借金国になって、世界の商品を浪費することになります。

 しかし、借金は利息付で返済しなくてはなりません。これを可能にするのが、マネーゲームです。お金でお金を増やす方法です。アメリカは自国の通貨が基軸通貨であることで、簡単に赤字を減らすことができます。

 例えば、1ドル=360円 という固定相場で、赤字が360兆円あったとします。それを1ドル=100円にしますと一方的に通告できるため、赤字は260兆円減って、100兆円になるのです。

 こうした貨幣の価値の相場をギャンブルすることで、実際に商品を生産したり、働くことなく、横取りできるのです。

 そのため、世界経済はアメリカ経済とギャンブル経済で、世界のほとんどのお金は一部のアメリカ人のものになり、そのものに支配される資本主義経済になっています。

 これを根本的に改めるには、基軸通貨をどの国の通貨でもなく、また、人の命を元にした期限通貨にし、地球上の一人の命を全世界の人々が支える通貨システムであるベーシック・インカムにする必要があります。

3,基軸通貨発行の条件

 基軸通貨の減価率を月1%(年12%)で、250の12%で30になり、新規の基軸通貨は毎年世界で必要な商品とその貿易額の分だけ発行され、その通用期間は1年間にします。そして、前年発行された基軸通貨との交換率は、新基軸通貨 1 に対して、前基軸通貨 0,88 になり、交換可能期間は新基軸通貨発行日から3ヶ月以内にします。そうすることで、毎年発行される新基軸通貨だけ流通し、旧基軸通貨は流通せず、新旧ダブることもなくなります。

 その減価交換率によって、各国に6のベーシック・インカムで命の保証を毎月直接各個人に基軸通貨世界銀行から送金できます。

 ベーシック・インカムの財源としての税金も寄付金も必要ありません。これは不滅のお金の貸借から生じる利息の逆で、減価するお金の減価から配当される世界人のための毎月の命の保証金になります。

 各国で発行される通貨はそれぞれの事情があり、今までどおりのお金のシステムを変更させることは難しいのですが、新しく基軸通貨を発行し、それを世界中の人に流通循環させるには、不滅のお金では税金や寄付金が必要になり、えらい経費と政治力が必要になりますが、期限通貨だと、お金自体が人の血液のように自然に循環、流通し、ある一部の金持ちだけに貯まることはなくなります。

 各国の世界経済担当者は単に基軸通貨の発行総額と減価率と新旧交換期間と配給先をネット会議でもして、毎月調整すればいいだけです。

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金依存症が蔓延した

 誰しも、

「お金がないと暮らせない」

「お金がたくさんあればあるほど自由に楽しめる」

 と思いこんでいないだろうか?

 しかし、そう思いこんでいるのは今の人類だけである。他の動物も生物も自由に生きているがお金が必要などとは誰も思わないだろう。

 我々はお金依存症にかかってしまっている。

 最近、芸能界で薬物依存症のニュースがにぎわせているが、お金もまた薬物と同じ習慣性が強いモノである。

お金を持たないで外出すると不安になるのもそうである。とにかく、お金を貯めておけばいつでも安心だというのもそうである。

どんな問題も、「この紋所が見えんのか!」と、権力の象徴である菊の御紋で解決に持っていく江戸の黄門様一行だが、今では菊の御紋は「莫大なお金」にとって代わっている。政府自身が金に使われてしまい、法律そのものが金で解決するようになっている。

 こうした状況は原始の時代に、占い師の神託がすべて解決をすることとまったく同じで、今の政府と替わりがない。宗教も阿片と言われるように、神仏も依存症になり、その宗教界はその神仏の教えが絶対的解決策になる。その宗教界と今の経済界はほとんど変わりがなく、金が絶対的解決策になっている。

 これはお金依存症の世界が常識になってしまった結果である。

1.マタイによる福音書 / 6章 25節~34節

  自分の命のことで何を食べようか何を飲もうかと、また自分の体のことで何を着ようかと思い悩むな。

 命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切ではないか。

 空の鳥をよく見なさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、倉に納めもしない。だが、あなたがたの天の父は鳥を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりも価値あるものではないか。

 あなたがたのうちだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。

 なぜ、衣服のことで思い悩むのか。野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。

 しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

 今日は野に生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、

 信仰の薄い者たちよ。 だから、『何を食べようか』『何を飲もうか』『何を着ようか』と言って、思い悩むな。

 それはみな、異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの天の父は、これらのものがみなあなたがたに必要なことをご存じである。

 何よりもまず、神の国と神の義を求めなさい。そうすれば、これらのものはみな加えて与えられる。

 だから、明日のことまで思い悩むな。明日のことは明日自らが思い悩む。その日の苦労は、その日だけで十分である。

 

 

2.ルカによる福音書 / 12章 22節 ~34節  

 命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩むな。

 命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切だ。

 烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが、神は烏を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか。

 あなたがたのうちのだれが、思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができようか。

 こんなごく小さな事さえできないのに、なぜ、ほかの事まで思い悩むのか。

 野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。

 今日は野にあって、明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである。

 信仰の薄い者たちよ。

 あなたがたも、何を食べようか、何を飲もうかと考えてはならない。また、思い悩むな。

 それはみな、世の異邦人が切に求めているものだ。あなたがたの父は、これらのものがあなたがたに必要なことをご存じである。

 ただ、神の国を求めなさい。そうすれば、これらのものは加えて与えられる。

 小さな群れよ、恐れるな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださる。

 自分の持ち物を売り払って施しなさい。擦り切れることのない財布を作り、尽きることのない富を天に積みなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。

 あなたがたの富のあるところに、あなたがたの心もあるのだ。

 

 このイエスの言葉を金依存症の現代人に向かって言い換えてみると

3.ゴンによる翻訳 

 命のことで何を食べようか、体のことで何を着ようかと思い悩む必要はない。

 命は食べ物よりも大切であり、体は衣服よりも大切である。

 空を飛ぶ烏を見ても、種も蒔かず、刈り入れもせず、納屋も倉も持たないではないか。だが、自然は烏を生かしてくれる。人間はこの鳥よりもどれほど価値が高いことか。

 どんなに思い悩んだからといって、寿命をわずかでも延ばすことができるだろうか。

 どうして、どうでもいい枝葉末節なことに悩み、肝心な幹のことを悩まないのか。

 野の露草を見よ。働きもせず遊びもしない。奢れるものは久しからず、どれほどの栄華を極めた平家も最後は滅亡してしまうではないか。

 今日は野にあって、明日は食べられてしまう草でさえ、自然はこのように装ってくれる。まして、人にはなおさらである。

 金の亡者、金依存症の者たちよ。

 あなたがたは、いかに貯めようか、いかに儲けようか、いかに金を増やそうかと考えてはならない。また、そのことに思い悩む必要はない。

 それはみな、世の亡者や依存症の人々が切に求めているものである。天の太陽も月も、地の水も土も、生きるすべての者も、人が何を必要とするかを知っている。

 ただ、これは私のもの、これは自国のものという自分の所有権を捨てなさい。あなたのモノはあなたの肉体だけであるから。そうすれば、必要なモノはすべての人々に与えられる。

 大きく世界を考えて、小さく自分のできることをしなさい。何も心配することはない。自然は人類が真に求めるモノを必ず与えてくれる。

 自分の金やモノを必要最小限にし、天のモノは天に、地のモノは地に、人のモノは人に返しなさい。そこは、盗人も近寄らず、虫も食い荒らさない。

 あなたがたが何が富であるか、という答えに、あなたがたの心もある。

 あなたがたの心が人の命に本当にあるのなら、お金も永遠不滅ではなく、通用期間付きの命であるような減価するお金に替わってくるだろう。

 変わらねば人はお金の亡者としてイースター島のように人々は生きられずモアイの金像だけが地球に残ることだろう。

 

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国の借金を金持ち税に、国民の税金を国の投資に

藤井財務相が50兆円超の赤字国債を出そうとしている

 これには民主党のマニフェスト違反のような批判があるが、今の中央銀行システムでは借金をすることから経済が動くようになっており、国民が借金して家計をやりくりすることとはまったく違うので、将来国債のデフォルトと金持ち税を見込んでやるとしたら、賢い選択だろう。

それにしても、命を基本にした期限通貨システムから、このような国債と税金の関係はまったく逆に見えてくる。

 そもそも、お金は本来国が発行すべきもので、国が金持ちに借金すること自体おかしなことである。

国民の家計と国家の家計とはまったく違っており、その決定的違いは、「国はお金を製造できるが、国民は製造できないで、使うだけ」ということだ。

 今の中央銀行システムでは、国も国民も、国際的金持ちに支配されてしまう構造だから、国も国民も金持ち一族に借金し、利息を付けて返済しなくてはならなくなっている。そのため、世界は金儲けのために生産・流通・消費され、金儲けできない商品と人はゴミになってしまう。

 こうした金持ちの権力世界を打ち崩す最も簡単な方法はたくさん借金をして、生活困窮者を助け、その借金の返済を不履行して、破産することである。信用創造されたお金は返済されないと崩壊するからだ。

 命を守り、自然循環する経済にするには、「いかに今の中央銀行システムを崩壊させ、新しい減価する貨幣システムに変換するか」という点である。

 過去の崩壊と未来の創造を同時に行っていくことが必要である。これは、生ゴミを堆肥にして、新しい野菜を生産する手順と同じである。

 この手順でいくと、国債は金持ちの余った金の投資手段から、金持ちが国を支える寄付金になり、それが強制的な金持ち税になっていく必要がある。

 国民が支払う強制的税金は、自主的な国への投資(国債)になり、国が直接国民に借金をして利息付きで返済するようなものになってくる。

 政治が民主主義というならば、経済も金持ち主義から国民主義に移行してもおかしくないはずだ。

 お金が生産流通消費の道具であるならば、それを行う国民の命と労働が主体であり、お金はその道具に過ぎない。そのため、国は国民の命と労働に対して借金をし、その道具である金を必要以上に持っている金持ちには強制的に税金を徴収して、国民の命と労働に対して返済させる必要があるだろう。

つまり、金持ちが税金を払い、貧乏な国民が投資をするような逆転した経済社会にすればいいのである。

人が酒を飲むなら正常だが、酒が人を飲んでしまう酒乱は異常だ。

これとまったく同じような世界が今の金乱状態である。

人が金を使うのは正常だが、今は金が人を使っている異常事態である。

金儲けの暴走を止めないと、世界は沈没してしまうだろう。

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