命がお金の数字を決める

 最近、土地と家の売買や貸借をしようとして気が付いたことがある。

それは、

命がお金の数字を決めている

ということだ。

 ・お金を貸すより借りる方が価値がはるかにある

 ・所有権より使用権の方が価値がはるかに高い

 ・土地や家より、住む人の方がとてつもなく価値がある

 ・どんなお金よりも、人の命の方が比べようもなく価値がある

 これは、土地の価格が人がたくさんいるところほど高く、いないところほど安くなるということを発見したからだ。

 国際事件において、人質の命がもっとも優先され、費用はいくらでも用意されることが求められる。

 1人の命は地球よりも重い。

 つまり、これからのお金のシステムは、命を最優先したシステムにすればもっとも経済効率があがるということになる。

 こうなると、

 人はお金や政治で殺し合いをしなくなる。

 お金や商品の貸借も、その利息や手数料は借りる人が払うのではなく、貸す人が払うのが当然となる。

 土地や家や商品の所有権よりも使用権の方が価値があるので、使用者だけがその土地と家を所有できるようになり、所有者と使用者の区別がなくなる。

 そうなると、不動産投資で儲けようとする人はなくなり、土地をいかにいかすかが大事になってくるだろう。

 そうした、命を最優先したお金のシステムと法律がこれから必要になってくるだろう。

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究極の金持ちと貧乏人

 お金のシステムの研究をしていると、現在の中央銀行制度におけるシステムが何を生み出すかがはっきりと見えてくる。

 湘南には金持ちとホームレスが集まってくる。

金持ちは海岸に豪邸を、ホームレスは砂防林にブルーシートハウスを建てる。

どちらも、そこでリゾート生活を味わう。

 今のお金のいらない国を創るとホームレスの生活になってくる。

今のお金を創ったアメリカの姿をホームレスから見ることができる。

アメリカのハワイ州のマクア海岸に金持ちもホームレスも集まってくる。

ここのホームレスの大半は先住民族のハワイ人である。そのため、彼らは自分たちのことをホーム(ハワイ国)レス無い)ではなく、ハウス(家)レス(無い)であると主張する。

 特に、このマクア海岸は米軍基地があり、先住民のホームレスはその環境問題と軍事弾圧と戦っている

世界の基軸通貨アメリカドルがどのようにして生まれ、その金を持つ者がいかにその国土と国民をどのように扱ったかは、こうした事実からもわかる。

それはまた、これからの世界の期限通貨によって、どんな国と生産を築いていくかを指し示している。

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原生林から始める

 農業を始めようと思って、農地を探していたら、その値段は宅地の3分の1で安い。それでも、坪2万円くらいするので、その生産性からすれば高すぎる。

 私としては農業経営をするつもりはない、ただどこまで自然と生活できるかを実験したいだけだ。農地には住めないので、農地の近くの空き屋を探していたら、知り合いが古民家を改造して、カフェと陶芸教室を開いていた。

 そこには、山梨大学の学生さんが集まってきて、芸術家の里のような開発が行われていた。テレビ放送され、そこの知名度もあがり、若い人が金土日になるとお茶と飲みに来る。

 ここはまことに山奥だ。でも、私の塩山の家から車で15分くらいで近い。ここに山梨県知事も訪問したことがあり、新しい山村の方向性を示しているので、裏の山林を畑にするための助成金2000万円おりたという。

 そこで、農地はお金を使うが、山林を畑にしたら、お金がもらえるというところに、着眼した。

 つまり、原生林から始めることが生産の原点ではないかと思ったのだ。

アマゾンの原生林を伐採して畑にしてしまうから、地球の環境が破壊され、将来砂漠化につながってくる。

日本の林業はまったくすたれてしまった。ほとんど、海外から木材を輸入している。輸入する前は、山を持っていると、金持ちといわれた。山の杉や檜を伐採して、高く売れたので、金持ちになれた。

 ところが、今杉や檜の私有林は手入れがされず、その花粉に泣かされる都会人が多くなっている。今山林を持っていても、税金を支払うだけのなんの利益も生み出さない。

 食料の自給率を上げる運動がされるが、住居の木材の自給率を上げる運動はされない。なんか変だ。

今、全国のダム事業は本当に必要があるのか見直されている。もとの川のままで、別な治水工事した方がより効果的であるという指摘である。

 自分で、生ゴミを処理することをしているが、これは火も電気も使わないで、楽にできる。火を使わないことが、自然との共生にはもっとも必要な気がしているのはこの経験があるからだ。

 環境にやさしいというのは、人は何もしないということではないだろうか?

人は無駄な開発をしているような気がしてならない。日本に農業が入る前の時代は狩猟生活の縄文の時代だった。蓄える観念が大きくなったのは農業中心の弥生からだ。

 お金の根本的変革は個人の貯蓄から、社会の貯蓄への改革である。これは生産にもいえて、弥生から縄文にもどって、もう一度安定的生産を考え直す必要があるように思える。

 狩猟生活の場合は、アイヌが指摘したように、「必要な分だけ採り取り、それ以上採らないこと」が、自然循環にはもっとも必要な考え方だ。しかし、農業は「必要以上のものをどんどん生産し、蓄え、それを売ってさらに儲けて豊かになっていく」ことが目標になるので、今の資本主義の基礎になったものだ。

 日本の原生林は広葉樹が多かったはずだ。しかし、住まいの木にはまっすぐな杉や檜が都合がいいので、そればかりが植林されていた。だが、曲がった木を使った住まいを考案すれば、もっと自然のやさしい事業ができたのではなかろうか?

 そこで、縄文時代の狩猟文化から現代までの生産を見つめ直したくなった。

 

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人口爆発とベーシック・インカム

 今日本は少子化高齢化で、人口が減少している。

つい、10数年前では世界の人口爆発に合わせるかのように人口も増加していた。

いったい、世界の人口爆発をどのようにとらえたらいいのだろうか?

 究極の社会保障と言われるベーシック・インカムを進めていくと、ある不安が生まれてくる。

「もし、世界の人口67億人の生活を保障したら、人口爆発をさらに爆発させてしまうのではないか?」

という疑問である。

 ある人類学者がこんなことを言っていた。

「生存率が厳しければ厳しいほど多産になる。それが生物の本能である」

 魚や昆虫などをみると、かなりの多産だが、それで生き残れるのはわずかである。人類に近いほ乳類になるほど少子化になってくるようにさえみえてくる。

 日本は食料がたくさんあるのに、人口が減り、食べていくのが難しい国の方が人口増加している。

今までの生物の教科書では種の中でより強い者の遺伝子が受け継がれて、その種が保存されていくというように書かれている。しかし、もしすべての生物にその弱肉強食のような原理が通用するのだったら、常により強い子供が生まれてくることになるが、実際は常に弱い子も強い子も常に両方生まれてくる。

 生物全体が弱肉強食が真実だったら、すぐに弱肉の生物は死滅し、強食の生物だけが繁栄する世界になってしまう。しかし、この自然界は常に弱肉強食の生物が存在し、互いに依存しあっているという姿が本当のところではないだろうか?

 そこで、世界の人口爆発の原因をこうとらえることができるのではないだろうか?

人類の中で、格差が拡大し、より強い少数の人類に対して、弱い多数の人類ができるかぎり多く多産して、より生存率をあげようとしている姿ではないだろうか。

 これはちょうど西ドイツが崩壊する姿に似ていて、少数の政治支配者に対抗して、民衆のデモ隊がどんどん膨れあがっていく姿と重なってくる。

 弱者の記憶

 今の少数の金持ち支配の貸借システムはより金を持ったものが金を持たない者を死に追いやるものだ、それに対抗して、弱い金の持てない者の逆襲が人口爆発をさせている。

 家族設計をするときに、子供を何人産むかを決める。そのとき、夫婦は1人1人の子供を幸せに育て上げられるだけの人数と時間を決める。

 でも、そうした家族設計をしないで生めば、本能に従って産み、育てる責任を放棄して、子供だけで生き残れる力にまかせてしまう。

 今の資本主義と自由主義は個人の最も強い欲望を根本にしたシステムなので、まったく家族設計しないで、欲望のままに子を産み出し、欲望にままに生存競争させて、そこで生き残れるものだけが勝利者になれるシステムである。

 つまり、食料が多くなれば人口が増え、食料が少なくなれば人口が減るのではない。食料と人口数とは無関係なシステムが今の資本主義である。

 もし、1人1人の命をもっとも大事にするような家族設計で明日の子供たちを生み出すならば、人類は自然と環境に合わせた永続可能な人口にしていくことになると思える。

 今の地球の人口爆発tは人の命の重さを無視した欲望中心の経済から生まれた。

しかし、

 明日の地球の人類を人の命を最も貴重にした経済は自然と人類全体が永存できる数にしていくだろう。

 先の不安は逆で、1人1人の命の重さを最も貴重とした人類のベーシック・インカムを実施することで、今の人口爆発を沈め、知性のある家族設定で、人口を調節していくだろう。

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お金のいらない国の実験

 ようやく、「お金とは何だ?」ということが1年近くかけて解ってきました。

そこで、自分の理論が正しいのかどうかを確かめたくなりました。

昨日のニュースで、円高と株価の下落と不動産の下落などの傾向は自分の理論とも合致しているので、自分の研究結果と同じに動いています。

 ただ、この状況のマスコミの判断が日本中心に経済を観ているので、本当の姿が見えないように思えます。

世界経済を根本的に動かしているのは基軸通貨であるアメリカドルというお金で、そのお金を発行するシステムと、その発行額です。

今、アメリカが借金が増え続け、その膨大な利息さえも払えない状況になり、しかも、不良債権を中央銀行がどんどん買い取り、ドル紙幣をどんどん無制限に発行しつづけざるをえなくなってきている状況です。

それをもっとも反映するのが、ドル安です。1ドルが明治政府の時と同じ1円へと向かっていきます。

 この意味は世界のお金の価値を計る計り(基軸通貨)のバネが緩くなって、正しい数字よりもどんどん低い数値になっていくという姿です。いわば、今の基軸通貨であるドルは減価する貨幣と同じになっているのです。

 この姿を減価する貨幣(期限通貨)の姿でみると、アメリカが新ドルを基軸通貨として発行する日を2010年の1月1日としますと、2009年以前発行された基軸通貨は古くなり、減価し、その減価率は年10%になり、2020年には使用不可になって、価値は0になります。

 一方、新ドルも通用期間を100年の期限通貨にして、減価率を1%にします。そうすると、100年に1度の経済危機は回避されることになりますが、新ドルは毎年発行され、そこに発行年が記入されないと、それが実現できません。

 しかし、世界はお金が減価するシステムを受け入れないで、相変わらす、金持ちの配下に成りたがるでしょう。そのため、旧ドルと新ドルの交換比率を一気に100対1にして発行することが予想されます。そして、旧ドルは10年後使用不可になります。これを電子マネーで簡単にするためには、新ドルの名称をユーロに対してアメロのような名前になると思われます。

 このアメロが世界の新基軸通貨になって、1アメロ=1円 スタートの変動相場になり、世界全体の通貨は旧ドル扱いになりますので、新基軸通貨に対して、100分の1の価値になります。

世界は、過去ニクションショックのときのように、アメリカは独断で、金本位制をやめ、ドルを基軸通貨にしたように、来年にもオバマショックで、ドルを新ドルであるアメロを世界の基軸通貨にしてしまうと思われます。

これを世界は徐々に受け入れざるをえなくなります。というのも、世界でもっとも多く発行され通用されている貨幣であり、それが基軸通貨であったからです。

この大体予測が数値は違っても、来年に実行されたら、自分の理論にいくらか自信がつきます。

 自分の理論の裏付けは予測してそれがその通りになったら、一部できますが、まだ、本当の意味での理論が証明されません。実際に、基軸通貨が毎年発行されて、経済が安定した100年にならないと、できないからです。

 それを私の寿命は待ってくれません。

 そこで、100年後にまた起こるであろう、3度の金融恐慌のとき、再び議論され、実施されるかもしれない期限通貨のために、自分ができる自然循環の実験をしてみたくなりました。

 お金のシステムの改革は、いわば、お金のいらない小さな国をどこまで創れるかということにつながっているのです。

 というのは、期限通貨の発行額は人間が地球に対して永続できる生産消費額になるからです。

 私が自由になれる世界は、自然や社会が私に自由を与えてくれた範囲内です。

 時間は10数年と、現在の財産(持ち金分)総額、私だけでできる行為範囲内です。

このお金のない国創りは農業から始まり、農業で終わることになります。

 そこで、まったくお金がいらないで、食べていける約500坪の私だけの農地ができるかどうかを実験したくなったのです。

電気ガスも自然エネルギーで、肥料も自前で、種も苗木も自前で、住まいも、着るものも、みな自前でどれだけできるかを実験したくなりました。

税金の支払いのようなものは、無理なので、その分は貯蓄から自動引きしてもらい、とことん、お金がいらないで生活できる工夫をどこまでもやり続け、しかも、私が死んでも、その流れが自然永続できるような、原始林のような土地がどこまで可能かどうかを実験したくなりました。

お金とはコミュニケーションでもあるので、お金のない世界とはコミュニケーションのない世界で、まったく自分だけの世界でどこまでそれができるかということになります。

どうせ、最初も、最後は一人で生まれ死んでいくのですから、その近くになったら、一人でできる自由範囲内でもっとも楽しめることをしたいと思うのです。

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