Archive for 4月 8th, 2013

株価と為替の関係

月曜日, 4月 8th, 2013

 最近、円安になると株価があがるという関係がある。以前のリーマンショックでは円高になると株価は下がるという関係だった。
 それは本当にそういう関係なのか? その推移で見てみると、大きくみても、小さくみても、そういう関係がありそうだ。

 アメリカの場合も、ドル安になるとアメリカ株価が上がり、ドル高になるとアメリカ株価が下がるという関係にありそうだ

 この理由はシンプルだと思える。今回、日銀が円を倍印刷して国債を買うと宣言しただけで、円安、株高になった。アメリカのFRBもドルを大量に印刷して、アメリカ国債を買ったので、ドル安株高になったと思える。

 円を大量に印刷したら、円の価値は他国より下がるので円安になる。印刷した円で国債を買うと、その売り主である銀行などの投資家に印刷された金が大量に入る。その豊富な金で株を大量に買うと、株価は上がる。また、外国通貨を大量に買うとさらに円安になっていく。

 株価が上がっても、景気がよくなったわけでもない。円安になれば輸出産業が儲かるが、輸入産業は損失が多くなる。今現在、輸出よりも輸入の方がいくらか多いので、全体としてはいくらか損失があり、全体としての景気がよくなるとは思えない。

 むしろ、経済格差が大きくなってくるだろうと思われる。

 円の印刷を大量に印刷したら、それを回収させることも同時に行わないと、ハイパワーインフレへの導火線になってしまうので、投資家たちから多くの税金をとる金融商品の売買に税金をかける必要があるし、印刷した金を特に必要とされる震災被災者や低所得者、ベンチャー企業、研究医療文化に廻す必要があるだろう。

 できたら、今こそ、ベーシックインカムを実行できるチャンスかもしれない。金余りの投資家たちの貯蓄プールから税金を引き出し、国民に等しく分けるようなことができるからだ。

 そうすることで、実質経済がうるおうことができるのではないだろうか。

色は匂えど散りぬるを

月曜日, 4月 8th, 2013

 いろは唄

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 前世の釈迦がヒマラヤで道を求めていた時、鬼に出逢った。鬼は・・
「色は匂えど散りぬるを 我が世誰ぞ常ならむ・・」と詠った。
 それはこういう意味ですねと釈迦は、
「諸行無常 是生滅法(ぜしょうめっぽう)・・すべては常に在ることはない、これが生まれ死ぬ命の理である」
 と。そして、その後の唄を教えてほしいと願った。
 鬼は
「ワシは腹が減っていおる。血と肉をくれれば教えてもよいぞ」
 命がけで真理を求めていた釈迦はそれではと答えた。
「私の肉体を差し上げますので教えてください」
 鬼は後唄を詠った。
「有為の奥山今日越えて 浅き夢見じ酔いもせず」
釈迦はその意味を悟り、
「生滅滅己(しょうめつめつい) 寂滅為楽(じゃくめついらく)・・己の生死のとらわれを滅して その寂滅をもって楽しみとする」
 鬼に感謝し、自分の血肉を捧げた。
 すると、鬼は帝釈天に変貌し、釈迦に手を合わせた。
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 これは雪山偈の話と「いろは唄」である。  

   エネルギー不滅の法則(保存の法則)というのがあるが、それは魂をエネルギーとして合わせれば、たとえ自分の肉体の姿が変貌しても、その実体である魂は不滅であるというものと同じであろう。

 この魂の不滅体はいわば名前のないエネルギー体・神仏のようなものであり、それを観じたときには楽しさを味わうことができるというものだろう。

 

流浪の果てにあるもの

月曜日, 4月 8th, 2013

 ツイッターで、福島原発事故のため、バスを改造したキャンピングカーで全国を旅して、東北に戻ってきて、小学生になった息子の入学式にのぞんだという感慨深いつぶやきがあった。

 笹塚の駐車場に家を建てるより、キャンピングカーのような移動できる家の建築したいと思っている。というのは、いつでも家ごと引越ができると、自由な仕事ができるからだ。

 そもそも、こうした発想は両親の墓探しから来ている。親が東京の多磨霊園に先祖の墓を建てたが、遺産相続の争いのとき、その墓をいとこにあげてしまったからだ。そのためか、母が亡くなる前にでっかい墓を建てるようにと私に遺言した。

 10年間、多磨霊園に応募したが、結局大きな墓は買うことはできなかった。そのため、両親のお骨を多磨霊園の預かり所から自宅に戻して、墓探しの流浪が始まった。親は寺院では毎年檀家料を多額にとられるので公共の霊園にするように言われた。そして、自宅から近いとことにしないと、通うことがなくなるのでダメだとも言われた。

 自分の遺産を全部使ってもいいから、「お前が住む近くに、とにかくでっかい墓を建てろ」という遺言を実現するのに最もいい方法を思いついた。

 それは自分がその墓に住んでしまえば一石二鳥になるのだ。庭付き家を買い、庭に墓を建て、自分はその家に住めばいいのだから。それが今の山梨の畑付き家であるが、庭に墓を作ることに抵抗があった。

 法律では特定な墓所以外で自分の庭のような場所に遺骨を埋めてお墓にすることは禁止されている。しかし、遺骨を砕いて粉状にして散骨にすれば、どこでもそれを蒔くことができる。それは散骨ならば自宅の庭に墓を建てることができることを示している。

 そこで、樹木葬として桜を植え、その根本に散骨して、墓を建てようとした。それは骨は桜の栄養となって、毎年花を咲かせるように生まれ変わらせようというねらいであった。

 だが、問題は骨より先祖の名前である。もし、桜の前に両親の名前を刻んだ碑を建てれば、それは墓石になる。この墓石を後世の人は大事にして捨てるのが難しくなる。子孫が引越しようものなら、この墓石はもっていかなくてはならなくなる。

 骨は桜の栄養にはなっても、名前を刻んだ石は子孫や後世の人にとって重荷となる。 

 人は肉体と心を持つが、その実体は肉体は骨であり、心は名前である

 もし、後世の人に死後役に立つように するには骨は散骨して肥料に、名前は捨てて、新しく産まれた人の名前に生まれ変わることである。

 そこで、樹木葬をやめて、名前のない生まれ変わりの葬儀として畑を作ることにした。そして、砕いた散骨は先祖を祭った大きな仏壇の中に納めた。そして、その散骨は先祖の力を必要とするような、ちょうどお清めの塩のように使うことにしたのだ。

 つまり、うちの墓は仏壇と併用になり、それはどこにでも移動可能なキャンピングカーのようなものになったのである。

 生きるか死ぬかの流浪の果てに、行き着くところは、福島原発事故から逃れて、東北の自分の子どもの入学式だったように、未来の子どもへの応援歌なのであろう。